宋名臣言行録 / 後集巻六・王安石
始為小官不急急於仕進皇祐中文潞公為相薦公及張□曽公定韓維四人恬退乞朝廷不次進用以激澆競之風有㫖皆籍記其名至和中召試館職固辭乃除羣牧判官又辭不許乃就職懇求外補得常州由是名重天下士大夫恨不識其面朝廷嘗欲授以美官惟恐其不肯就
新字:始為小官不急急於仕進皇祐中文潞公為相薦公及張□曽公定韓維四人恬退乞朝廷不次進用以激澆競之風有旨皆籍記其名至和中召試館職固辞乃除羣牧判官又辞不許乃就職懇求外補得常州由是名重天下士大夫恨不識其面朝廷嘗欲授以美官惟恐其不肯就
書き下し
始め小官と爲り、仕進に急急とせず。皇祐中、文潞公相と爲り、公及び張□・曾公定・韓維の四人の恬退なるを薦め、朝廷の不次に進用して以て澆競の風を激せんことを乞う。旨有りて皆其の名を籍記す。至和中、館職に召試せらる。固辭す。乃ち羣牧判官を除せらる。又た辭するも許されず。乃ち職に就く。懇ろに外補を求めて常州を得たり。是に由りて名は天下に重く、士大夫は其の面を識らざるを恨む。朝廷嘗て授くるに美官を以てせんと欲し、惟だ其の肯えて就かざるを恐る。
現代語訳
はじめ低い官に就いて、昇進を急がなかった。皇祐年間、文彦博が宰相となり、王安石および張〔一字を欠く〕・曾公定・韓維の四人が欲なく退いていることを推薦し、朝廷が順序によらずに登用して、浮ついて競い合う風潮を戒めるよう願い出た。詔があって、みなその名を記録した。至和年間、館職の試験に召された。固辞した。そこで群牧判官に任じられた。また辞退したが許されなかった。そこで職に就いた。懇ろに地方への転出を求めて、常州を得た。これによって名は天下に重くなり、士大夫はその顔を知らないのを残念がった。朝廷はかつて良い官を授けようとして、ただ本人が受けてくれないことだけを心配した。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『驢鞍橋』卷上一日或る俗来て曰く、承り及ふ故に是れ迄伺候仕る、一句示し給へ。師曰く、一人虚を伝ふれば、万人実と伝ふとて何者かおどけ者有りて、正三こそ名誉者なれ抔といへば、末々に聞き伝へ、扨は空をも翅り、光をも放つか抔と思ひ、正三見物に来り、変も無き老人なるを見て、皆興を醒さるゝ也。誠に我何の変もなき土禅門也。只死度くも無き間、何とぞして殺さるゝ事有りとも、何とも思はす、頸を指出して自由に死ぬ程に成りたさに修する也。されとも死は置いて餓鬼畜生を出でぬ也。是れを出度く思ふ心は、何とも思はず居る者には增さるへき歟。別に人に增りたる事無し。其方も聞かんと思はゝ一向のしろうとに成りめさるへし。彼者、秘し給ふと思ひ弥示し給へと云ふ。師曰く、我仏法の能き事を知らず、只我悪敷事を能く知りたる也。我友に成り、出入めされば、何時も我処に有る餓鬼畜生を懺悔して聞かせ申すべし。実に是の外によき事を知らず、ひげして云ふかと思ひめされんずな。無間に沈むほうぞ知らぬ也。
-
史記 伯夷列伝「君子は世を没して名の称せられざるを疾む」。賈子曰く、「貪夫は財に徇じ、烈士は名に徇じ、夸者は権に死し、衆庶は生を馮む」と。「同明は相ひ照らし、同類は相ひ求む。雲は龍に従ひ、風は虎に従ふ。聖人作りて万物覩はる」。伯夷・叔斉は賢なりと雖も、夫子を得て名益々彰はる。顔淵は篤学なりと雖も、驥尾に附して行ひ益々顕はる。巌穴の士、趣舎此くの若き時有り、類名堙滅して称せられざるは、悲しいかな。閭巷の人、行ひを砥ぎ名を立てんと欲する者は、青雲の士に附くに非ずんば、悪んぞ能く後世に施かんや。
-
『呻吟語』内篇・修身・名心盛んなる者は必ず偽を作す名心盛んなる者は必ず偽を作す。
-
『童子問』卷下問ふ、中庸は声名の蛮貊に施き及ぶを以て、夫子の盛徳の験と為す。然れども仏・老子の名も亦然り。独り孔子のみならず。仏の称号に至りては、益々熾んなり。此の方には固より老子の宮無し。然れども漢土に在りては、道観と仏寺と相埒し。則ち其の盛んなること知るべし、と。曰く、怪を好みて常を好まず、奇を喜びて正を喜ばざるは、天下古今の通患にして、人人皆然り。道士は多く禅説を仮借し、又人の為に醮祭祈禱す。其の陋知るべし。仏者は荘厳を務め、誇大を好み、専ら伝灯を以て要と為す。愚民を蠱惑し、賢智を誘入し、周羅綱繆して、至らざる所無し。蓋し其の法の或いは断絶し、其の教への或いは至らざる所有らんことを懼るるなり。此れ其の声名の盛んなる所以なり。夫子の若きは、則ち然らず。子貢曰く、夫子は温良恭倹譲以て之を得たり、と。蓋し五者は己を謙りて人に下り、外を願はざるの事にして、仏老の荘厳を務め誇大を好むと異なれり。蓋し夫子の教へは、天地自然の道理にして、人心に根ざし、風俗に徹し、時として然らざる無く、処として在らざる無し。故に荘厳を務めず、誇大を好まずして、其の声名赫赫として、蛮貊に施き及ぶ。此れ其の大なる所以なり。苟も真に夫子の道の徳の大、実に堯舜より賢りて、生民以来未だ嘗て有らざるの盛んなるを知らば、則ち汝の宇宙を眼空するを許さん、と。童子曰く、大なるかな言や。始めて未だ嘗て聞かざる所を聞くことを得たり。何の幸ひか之に如かん、と。衽を斂めて退く。
-
『驢鞍橋』卷下一日、去る者来て曰く、何某和尚は、道者と云はれ給ふか、又此頃は悪名世間に語り伝ふと云ふ。師聞て曰く、左も無くして、人に道者と貴はれたる咎遁れ難かるへし。天道是れを許さんや。夫れほど又世間に耻を曝らして、その報ひを返さで叶はす。或は機違ひ、或は死苦病苦强かるへし。総じて徳無くして人に貴はるゝ程の咎なし。又曰く、天然と通力抔有り、奇特の業を作す性は、悪の性、化物性也。たとひ通有りとも、一悪をも断替かする為めにも成るへからす、心は人に易らすして人に貴はるゝこと、大なる咎也。
-
『呻吟語』外篇・品藻・名を好むの心之を為す名を好むの人は其の心を充たさば、父母兄弟妻子も都て顧み得ず。何となれば、名は兩つながら成らず、必ず相形して而る後に顯はるればなり。葉人の父の羊を攘むを證し、陳仲子の兄の鵝を受くるを惡み、周澤の妻の戒を破るを奏するは、皆な名を好むの心之を為すなり。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る