宋名臣言行録 / 後集巻五・彭思永
嘗曰牢籠之事吾所不為每謂人曰吾不為他學但幼即學平心以待物耳又嘗教其子弟曰吾數嵗時冬處被中則知思天下之寒者矣
新字:嘗曰牢籠之事吾所不為毎謂人曰吾不為他学但幼即学平心以待物耳又嘗教其子弟曰吾数歳時冬処被中則知思天下之寒者矣
書き下し
嘗て曰く、牢籠の事は吾が爲さざる所なりと。毎に人に謂いて曰く、吾は他の學を爲さず。但だ幼くして即ち平心を以て物を待するを學ぶのみと。又た嘗て其の子弟に教えて曰く、吾數歳の時、冬、被中に處れば則ち天下の寒き者を思うを知れりと。
現代語訳
かつて言った。「人を囲い込むようなことは、私のしないところである」。いつも人に語って言った。「私はほかの学問をしない。ただ幼いころから、平らかな心で物事に接することを学んだだけである」。またかつて子弟に教えて言った。「私は数歳のころ、冬に布団の中にいると、天下の寒い人のことを思うことを知っていた」。
解説
五十三字に、この人の来し方が全部入っています。まず、しないことを一つ。人を囲い込むようなことは、私のしないところである。次に、したことを一つ。ただ幼いころから、平らかな心で物事に接することを学んだだけである。学問ではなく態度を学んだ、と言っている。そして最後の一行が、その中身を示します。数歳のころ、冬に布団の中にいると、天下の寒い人のことを思うことを知っていた。暖かいときに、暖かくない人を思い出す。それが平心の始まりでした。
この章句が説くこと
牢籠の事は吾が為さざる所なり吾は他の学を為さず但だ幼くして即ち平心を以て物を待するを学ぶのみ吾数歳の時冬被中に処れば則ち天下の寒き者を思うを知れり平心共感
関連する章句
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『晏子春秋』諫上・景公衣狐白裘不知天寒晏子諫景公の時、雨雪三日にして霽れず。公、狐白の裘を被て、堂の側の陛に坐す。晏子入り見え、立つこと間有り。公曰く、「怪しきかな。雨雪三日にして天寒からず」と。晏子対えて曰く、「天、寒からざるか」と。公笑う。晏子曰く、「嬰聞く、古の賢君は、飽きて人の飢えを知り、温かにして人の寒きを知り、逸にして人の労を知る、と。今、君は知らざるなり」と。公曰く、「善し。寡人、命を聞けり」と。乃ち裘を出し粟を発し、飢寒に与えしむ。塗に睹る所の者は其の郷を問う無く、裡に睹る所の者は其の家を問う無く、国を循りて数を計り、其の名を言う無からしむ。士の既に事える者には兼月、疾む者には兼歳。孔子之を聞きて曰く、「晏子は能く其の欲する所を明らかにし、景公は能く其の善しとする所を行う」と。
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論語・述而篇子、喪有る者の側に食するに、未だ嘗て飽かざるなり。子、是の日に於いて哭すれば、則ち歌わず。
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