宋名臣言行録 / 後集巻五・唐介
介為人簡伉以敢言見憚每言事官缺衆皆以介直處之神宗以其有直名故卒大用然居政府遭時有為少所建明聲名減於諌官御史時
新字:介為人簡伉以敢言見憚毎言事官欠衆皆以介直処之神宗以其有直名故卒大用然居政府遭時有為少所建明声名減於諌官御史時
書き下し
介の人と爲りは簡伉、敢えて言うを以て憚らる。言事官の缺くる毎に、衆皆介の直きを以て之に處す。神宗其の直名有るを以て、故に卒に大用す。然れども政府に居りて時に遭いて爲す有るも、建明する所少なく、聲名は諫官御史の時より減ず。
現代語訳
唐介の人となりは簡素で剛直、あえて発言することで人に憚られた。言論の官に欠員が出るたび、人々はみな唐介の率直さゆえにその席に当てた。神宗はその率直だという評判ゆえに、ついに大いに用いた。しかし政府にあって時を得て事を為したものの、建言して明らかにしたことは少なく、その評判は諫官や御史であったときより落ちた。
解説
この書が人物を持ち上げきらない例が、また出てきます。前半までは称賛です。**言論の官に欠員が出るたび、人々はみな唐介の率直さゆえにその席に当てた。**そして評判どおりに大いに用いられました。最後の一行が容赦ない。**政府にあって時を得て事を為したものの、建言して明らかにしたことは少なく、その評判は諫官や御史であったときより落ちた。**批判する仕事で光った人が、決める側に回ると同じようにはいかない。適材の話として、そのまま書いてあります。
この章句が説くこと
介の人と為りは簡伉敢えて言うを以て憚らる言事官の欠くる毎に衆皆介の直きを以て之に処す神宗其の直名有るを以て故に卒に大用す建明する所少なく声名は諫官御史の時より減ず適材地位
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