牧民忠告 / 閑居
進則安居以行其志,退則安居以修其所未能,則是進亦有為,退亦有為也。近世士大夫,惟狃於進,退則昏然無所猷為,甚而茹愧懷慚,蹙縮不敢一出戶。夫軒冤,古人以為儻來之物也,其有也何所加,其無也何所損。不思良貴在我,惟假於物以為重輕焉,則其人品之卑下,不待論而可知矣。
新字:進則安居以行其志,退則安居以修其所未能,則是進亦有為,退亦有為也。近世士大夫,惟狃於進,退則昏然無所猷為,甚而茹愧懐慚,蹙縮不敢一出戸。夫軒冤,古人以為儻来之物也,其有也何所加,其無也何所損。不思良貴在我,惟仮於物以為重軽焉,則其人品之卑下,不待論而可知矣。
書き下し
進みては則ち安居して以て其の志を行い、退きては則ち安居して以て其の未だ能わざる所を修む。則ち是れ進むも亦た為す有り、退くも亦た為す有るなり。近世の士大夫は、惟だ進むに狃(な)れ、退けば則ち昏然(こんぜん)として猷為(ゆうい)する所無く、甚だしきは愧(は)じを茹(くら)い慚(はじ)を懐(いだ)き、蹙縮(しゅくしゅく)して敢えて一たびも戸を出でず。夫れ軒冤(けんえん)は、古人以て儻來(とうらい)の物と為すなり。其の有るも何の加うる所ぞ、其の無きも何の損する所ぞ。良貴(りょうき)の我に在るを思わず、惟だ物に仮(か)りて以て重軽と為さば、則ち其の人品の卑下なること、論ぜざれども知るべし。
現代語訳
進んで仕えるときは、心安らかに暮らしながらその志を行い、退いて閑居するときは、心安らかに暮らしながら自分の至らぬところを磨く。そうであれば、進むこともまた為すことがあり、退くこともまた為すことがあるのである。近頃の士大夫は、ひたすら進むことに慣れきってしまい、いざ退くと呆然として何もできず、甚だしい者は恥じ入り慚愧の念を抱いて、身を縮めて一歩も家の戸から出ようとしない。そもそも高位高官というものは、昔の人はふと巡ってくるもの(本来自分のものではないもの)と考えた。それがあっても何が加わるわけでもなく、それがなくても何が損なわれるわけでもない。本来自分に備わっている尊いもの(良貴)を思わず、ひたすら外物に頼って自分の軽重を決めるようでは、その人品の卑しさは、論じるまでもなく知れよう。
解説
この章句が説くこと
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「古の賢王は善を好みて勢いを忘る。古の賢士、何ぞ獨り然らざらん。其の道を樂しみて、人の勢いを忘る。故に王公も敬を致し禮を盡くさずんば、則ち亟々之を見るを得ず。見ることすら且つ猶ほ亟々するを得ず、而るを況んや得て之を臣とするをや。」
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孫子・形篇故に戦いを善くする者は、不敗の地に立ち、敵の敗を失わず。
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『正法眼蔵随聞記』巻三一日示して云く、宋土の海門禅師、天童の長老たりし時、会下に元首座と云僧ありき、この人は得法悟道の人にて、行持長老にも超たり、有時夜る方丈に参じて、焼香礼拝して云く、請すらくは某甲に後堂首座を許せと、時に禅師流涕して云く、我れ小僧たりし時より、未た此の如きの事を聞かず、汝坐禅僧として首座長老を所望すること大ひなる錯なり、なんぢ既に悟道せること我れにも越いたり、然あるに首座を望むこと是れ昇進の為か、許すことは前堂をも乃至長老をも許すべし、その心操卑劣なり、誠に是を以て余の未悟の僧は推察せられたり、仏法の衰微せること是を以て知ぬべしと云ふて、流涕悲泣す、
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『墨子』尚賢中既に若の法を曰うも、未だ之を行う所以の術を知らざれば、則ち事は猶お未だ成らざるが若し。是を以て必ず為に三本を置く。何をか三本と謂う。曰く、爵位髙からざれば則ち民敬わざるなり、蓄祿厚からざれば則ち民信ぜざるなり、政令斷ぜざれば則ち民畏れざるなり。故に古の聖王は髙く之に爵を予え、重く之に祿を予え、之に任ずるに事を以てし、斷じて之に令を予う。夫れ豈に其の臣の為に賜わんや。其の事の成らんことを欲すればなり。詩に曰く、「女に憂䘏を告げ、女に序爵を誨う。孰か能く熱を執りて、濯を用いざるは鮮し」と。則ち此れ古者の國君諸侯の、善く承嗣輔佐を執らざる可からざるを語る。之を譬うるに猶お熱を執るに濯有るがごとし。將に其の手を休めんとするなり。古者、聖王は唯だ賢人を得て之を使い、爵を班ちて以て之を貴くし、地を裂きて以て之を封じ、身を終うるまで厭かざるのみ。賢人は唯だ明君を得て之に事え、四肢の力を竭くして、以て君の事に任じ、身を終うるまで倦まざるのみ。若し美善有らば、則ち之を上に歸す。是を以て美善は上に在りて、怨謗する所は下に在り、寧樂は君に在りて、憂慼は臣に在り。故に古者、聖王の政を為すこと此くの若し。
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『韓非子』難勢第四十堯も匹夫為らば、三人を治むること能わじ、而して桀天子為れば、能く天下を亂る。吾此を以て勢位の恃むに足り、而して賢智の慕うに足らざるを知るなり。
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