宋名臣言行録 / 後集巻四・胡宿
客有造公者具公服鞾板而忘記不易㡌公與之對語盡禮而退終未嘗色動
新字:客有造公者具公服鞾板而忘記不易㡌公与之対語尽礼而退終未嘗色動
書き下し
客に公を造る者有り。公服・鞾板を具えて、而して忘れて帽を易えず。公之と對語すること禮を盡くして退く。終に未だ嘗て色を動かさず。
現代語訳
胡宿を訪ねてきた客があった。礼装と靴と笏を揃えていながら、うっかりして帽子だけ替えていなかった。胡宿は相手と応対し、礼を尽くして退がった。最後まで顔色を動かすことがなかった。
解説
三十字です。相手は正装で来ました。ただ一点だけ欠けている。指摘すれば、その場で直せます。かわりに恥が残ります。胡宿は指摘しませんでした。**礼を尽くして応対し、最後まで顔色を動かすことがなかった。**気づかなかったのではありません。気づいていて、気づいた気配を出さなかった。欧陽脩の巻に、署名を忘れた書類を袖で覆って巻いて返す条がありました。どちらも、直すよりも恥をかかせないほうを選んでいます。
この章句が説くこと
客に公を造る者有り公服鞾板を具えて而して忘れて帽を易えず公之と対語すること礼を尽くして退く終に未だ嘗て色を動かさず恥配慮
関連する章句
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『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦公魏府に在り。僚屬の路拯なる者、案に就きて有司の事を呈す。而して狀の尾に名を書くを忘る。公即ち袖を以て之を覆い、首を仰げて與に語り、稍稍潛かに卷きて以て之に授く。
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論語・憲問篇憲、恥を問う。子曰わく、邦に道あれば穀し、邦に道無くして穀するは、恥なり。
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論語・泰伯篇子曰く、篤く信じて学を好み、死を守りて道を善くす。危邦には入らず、乱邦には居らず。天下道有れば則ち見れ、道無ければ則ち隠る。邦に道有りて、貧しく且つ賤しきは、恥なり。邦に道無くして、富み且つ貴きは、恥なり。
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