宋名臣言行録 / 後集巻二・歐陽修
執政賈昌朝陳執中惡公欲因張氏事深治之令蘇安世鞠獄不成蘇云不如鍜錬就仍乞不錄問内官王昭明為監勘官正色曰上令某監勘正欲盡公道爾鍜錬何等語也公遂清脫
新字:執政賈昌朝陳執中悪公欲因張氏事深治之令蘇安世鞠獄不成蘇云不如鍜錬就仍乞不録問内官王昭明為監勘官正色曰上令某監勘正欲尽公道爾鍜錬何等語也公遂清脱
書き下し
執政賈昌朝・陳執中、公を惡み、張氏の事に因りて深く之を治めんと欲す。蘇安世をして獄を鞠せしむるも成らず。蘇云う、鍛錬して就くに如かずと。仍りて錄問せざらんことを乞う。内官王昭明、監勘官爲り。色を正して曰く、上、某をして監勘せしむるは、正に公道を盡くさんと欲するのみ。鍛錬とは何等の語ぞと。公遂に清脱す。
現代語訳
執政の賈昌朝と陳執中は欧陽脩を憎み、張氏の一件に事寄せて徹底的に取り調べようとした。蘇安世に取り調べさせたが、罪状は成り立たなかった。蘇安世は言った。「筋書きを作り上げて仕立てるほかない」。そのうえで、再審査を経ずに済ませたいと願い出た。宦官の王昭明が監督の役であった。顔つきを改めて言った。「主上が私に監督をお命じになったのは、まさに公の道理を尽くそうというためです。仕立て上げるとは、何という言葉ですか」。欧陽脩はそれで無罪となった。
解説
罪状が成り立たなかった時点で、ふつうは終わりです。取調官が出した案が、この条の恐ろしいところでした。筋書きを作り上げて仕立てるほかない。そのうえで、再審査を飛ばそうと願い出ています。手順を省くことと事実を作ることが、同じ提案の中に並んでいる。止めたのは、朝廷の重臣ではなく、監督に付けられた宦官でした。主上が私に監督をお命じになったのは、まさに公の道理を尽くそうというためです。仕立て上げるとは、何という言葉ですか。自分の役目の趣旨を、その場で言い直しただけです。
この章句が説くこと
張氏の事に因りて深く之を治めんと欲す蘇云う鍛錬して就くに如かず上某をして監勘せしむるは正に公道を尽くさんと欲するのみ鍛錬とは何等の語ぞ公遂に清脱す冤罪捏造
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