宋名臣言行録 / 後集巻二・富弼
久旱公乞罷同天節上夀從之即日而雨公又上疏願益畏天戒逺奸邪進忠良上親答曰義忠言親理正文直敢不置之枕席銘諸肺腑更願公不替今日之志則天災不難弭太平不難致也公既謝且云願陛下待羣臣不以同異為喜怒不以喜怒為用舍
新字:久旱公乞罷同天節上夀従之即日而雨公又上疏願益畏天戒遠奸邪進忠良上親答曰義忠言親理正文直敢不置之枕席銘諸肺腑更願公不替今日之志則天災不難弭太平不難致也公既謝且云願陛下待羣臣不以同異為喜怒不以喜怒為用舎
書き下し
久しく旱す。公、同天節の上壽を罷めんことを乞う。之に從う。即日にして雨ふる。公又た上疏して、益ミ天戒を畏れ、奸邪を遠ざけ、忠良を進めんことを願う。上親しく答えて曰く、義は忠、言は親、理は正、文は直なり。敢えて之を枕席に置き、諸を肺腑に銘せざらんや。更に願わくは公、今日の志を替えずんば、則ち天災は弭め難からず、太平は致し難からずと。公既に謝し、且つ云う、願わくは陛下、羣臣を待つに同異を以て喜怒と爲さず、喜怒を以て用捨と爲さざれと。
現代語訳
長く旱が続いた。富弼は、同天節(天子の誕生日)の祝賀を取りやめるよう願い出た。天子はこれに従った。その日のうちに雨が降った。富弼はさらに上疏して、いっそう天の戒めを畏れ、奸邪の者を遠ざけ、忠良の者を進めるよう願った。天子は自ら答えて言った。「その義は忠であり、言葉は親しく、道理は正しく、文章は率直である。どうしてこれを枕元に置き、胸に刻まないでいられようか。さらに願わくは、公が今日の志を変えないでいてくれるなら、天災も鎮めがたくはなく、太平も招きがたくはない」。富弼は礼を述べたうえで、こう言い添えた。「願わくは陛下、臣下に接するのに、意見が同じか違うかで喜んだり怒ったりなさらず、喜怒によって人を用いたり捨てたりなさいませんように」。
解説
天子が異例なほど温かい返事をくれた場面です。ふつうならそこで終わります。富弼は礼を述べたあと、一つだけ言い添えました。**臣下に接するのに、意見が同じか違うかで喜んだり怒ったりなさらず、喜怒によって人を用いたり捨てたりなさいませんように。**褒められた直後だからこそ効く注文です。いま自分の言葉が気に入られている。その気に入り方が人事の基準になれば、次に反対する者が消える。好意を受け取りながら、その好意の危うさを指摘しています。
この章句が説くこと
公同天節の上寿を罷めんことを乞う即日にして雨ふる益ミ天戒を畏れ奸邪を遠ざけ忠良を進めんことを願う羣臣を待つに同異を以て喜怒と為さず喜怒を以て用捨と為さざれ用人好悪
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貞観政要・択官然れども今の群臣、罕(まれ)に能く貞白卓異なる者あるは、蓋し之を求むること切ならず、之を励ますこと未だ精ならざるが故なり。若し之を勖(つと)むるに公忠を以てし、之を期するに遠大を以てし、各々職分有りて、其の道を行うを得しめば。貴くば則ち其の挙ぐる所を観、富めば則ち其の養う所を観、居れば則ち其の好む所を観、習えば則ち其の言う所を観、窮すれば則ち其の受けざる所を観、賤しければ則ち其の為さざる所を観る。其の材に因りて以て之を取り、其の能を審らかにして以て之に任じ、其の長ずる所を用い、其の短なる所を揜(おお)う。之を進むるに六正を以てし、之を戒むるに六邪を以てせば、則ち厳ならずして自ら励み、勧めずして自ら勉めん。故に『説苑』に曰く、「人臣の行いに、六正六邪有り。六正を行えば則ち栄え、六邪を犯せば則ち辱めらる。何をか六正と謂う。一に曰く、萌芽未だ動かず、形兆未だ見(あら)われざるに、昭然として独り存亡の機、得失の要を見、未然の前に予め禁じ、主をして超然として顕栄の処に立たしむ。此くの如き者は、聖臣なり。二に曰く、心を虚しくし意を尽くし、日に善道を進め、主を勉ますに礼義を以てし、主に諭すに長策を以てし、将(まさ)に其の美に順い、其の悪を匡救す。此くの如き者は、良臣なり。三に曰く、夙に興き夜に寐ね、賢を進めて懈らず、数々往古の行事を称して、以て主の意を厲ます。此くの如き者は、忠臣なり。四に曰く、成敗を明察し、早く防ぎて之を救い、其の間を塞ぎ、其の源を絶ち、禍を転じて以て福と為し、君をして終に憂い無からしむ。此くの如き者は、智臣なり。五に曰く、文を守り法を奉じ、官に任じ事を職とし、贈遺を受けず、禄を辞し賜を譲り、飲食は節倹なり。此くの如き者は、貞臣なり。六に曰く、家国昏乱するに、為す所諛(へつら)わず、敢えて主の厳顔を犯し、面(まのあた)り主の過失を言う。此くの如き者は、直臣なり。是を六正と謂う。何をか六邪と謂う。一に曰く、官に安んじ禄を食み、公事に務めず、代と浮沈し、左右観望す。此くの如き者は、具臣なり。二に曰く、主の言う所は皆な善しと曰い、主の為す所は皆な可なりと曰う。隠かに主の好む所を求めて之を進め、以て主の耳目を快くす。偸合苟容し、主と楽を為し、其の後の害を顧みず。此くの如き者は、諛臣なり。三に曰く、内は実に険诐(けんぴ)にして、外貌は小謹なり。巧言令色、善を妒(ねた)み賢を嫉む。進めんと欲する所は、則ち其の美を明らかにし、其の悪を隠す。退けんと欲する所は、則ち其の過ちを明らかにし、其の美を匿す。主の賞罰をして当たらざらしめ、号令をして行われざらしむ。此くの如き者は、奸臣なり。四に曰く、智は以て非を飾るに足り、辯は以て説を行うに足る。内は骨肉の親を離し、外は朝廷の乱を構う。此くの如き者は、讒臣なり。五に曰く、権を専らにし勢を擅(ほしいまま)にし、軽きを以て重しと為す。私門は党を成し、以て其の家を富ます。擅(ほしいまま)に主命を矯(いつわ)り、以て自ら貴顕とす。此くの如き者は、賊臣なり。六に曰く、主に諂うに佞邪を以てし、主を不義に陥る。朋党比周し、以て主の明を蔽う。白黒をして別無からしめ、是非をして間無からしむ。主の悪をして境内に布かしめ、四鄰に聞こえしむ。此くの如き者は、亡国の臣なり。是を六邪と謂う。賢臣は六正の道に処り、六邪の術を行わず。故に上は安く下は治まる。生きては則ち楽しまれ、死しては則ち思わる。此れ人臣の術なり」と。『礼記』に曰く、「権衡誠に懸(か)かれば、軽重を以て欺くべからず。縄墨誠に陳(つら)なれば、曲直を以て欺くべからず。規矩誠に設くれば、方円を以て欺くべからず。君子礼を審らかにせば、奸詐を以て誣(し)うべからず」と。然らば則ち臣の情偽は、之を知ること難からざるなり。又た礼を設けて以て之を待し、法を執りて以て之を御し、善を為す者は賞を蒙り、悪を為す者は罰を受けば、安くんぞ敢えて企て及ばざらんや。安くんぞ敢えて力を尽くさざらんや。
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