宋名臣言行録 / 後集巻二・富弼
元昊冦鄜延延州民二十人詣闕告急上召問具得諸將敗亾狀執政惡之命逺郡禁民擅赴闕者公言此非陛下意宰相惡上知四方有敗爾民有急不得訴之朝則西走元昊北走契丹矣
新字:元昊寇鄜延延州民二十人詣闕告急上召問具得諸将敗亾状執政悪之命遠郡禁民擅赴闕者公言此非陛下意宰相悪上知四方有敗爾民有急不得訴之朝則西走元昊北走契丹矣
書き下し
元昊鄜延を寇す。延州の民二十人、闕に詣りて急を告ぐ。上召し問い、具さに諸將の敗亡の狀を得たり。執政之を惡み、遠郡に命じて民の擅に闕に赴く者を禁ず。公言う、此れ陛下の意に非ず。宰相、上の四方に敗有るを知るを惡むのみ。民に急有りて之を朝に訴うるを得ざれば、則ち西のかた元昊に走り、北のかた契丹に走らんと。
現代語訳
元昊が鄜州・延州を侵した。延州の民二十人が宮闕に詣でて急を告げた。天子は召して問い、諸将が敗れ逃げたありさまをこまごまと知った。執政はこれを嫌い、遠くの郡に命じて、民が勝手に宮闕に赴くのを禁じた。富弼は言った。「これは陛下のお心ではありません。宰相が、天子が四方の敗北を知ることを嫌っているだけです。民に急があって朝廷に訴えることができなければ、西へは元昊のもとに走り、北へは契丹のもとに走るでしょう」。
解説
民の直訴を禁じた理由が、はっきり指摘されています。**宰相が、天子が四方の敗北を知ることを嫌っているだけです。**手続きの整理の形をとった、情報の遮断でした。反論は治安の話ではありません。行き先の話です。**民に急があって朝廷に訴えることができなければ、西へは元昊のもとに走り、北へは契丹のもとに走るでしょう。**訴えたい人は、訴える先を失っても消えません。塞げば、受け取ってくれる別の相手のところへ行く。それが敵国だ、と言っています。
この章句が説くこと
延州の民二十人闕に詣りて急を告ぐ執政之を悪み民の擅に闕に赴く者を禁ず宰相上の四方に敗有るを知るを悪むのみ民に急有りて之を朝に訴うるを得ざれば則ち西のかた元昊に走り北のかた契丹に走らん情報直訴
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