宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
公言始學行已當如金玉不受微塵之汚方是及其成德有所受亦有所不害者不然無容矣
新字:公言始学行已当如金玉不受微塵之汚方是及其成徳有所受亦有所不害者不然無容矣
書き下し
公言う、始め學びて己を行うは、當に金玉の微塵の汚れを受けざるが如くすべし。方に是れなり。其の德を成すに及びては、受くる所有るも亦た害あらざる所有り。然らずんば容るる無しと。
現代語訳
韓琦は言った。「学び始めて自分の身を行うときは、金や玉が微塵の汚れも受けないようであるべきだ。それでこそよい。徳が成るに至ってからは、受け入れるところがあっても、害にならないところがある。そうでなければ、人を容れることができない」。
解説
潔癖と寛容を、時期で分けた三十六字です。始めのうちは一点の汚れも許さない。金や玉が微塵の汚れも受けないようであるべきだ。そして徳が成ってから、受け入れる幅が出てくる。受け入れるところがあっても、害にならないところがある。順番が逆だと、ただの緩い人になります。最後の一行が、なぜ緩める必要があるのかを言っています。そうでなければ、人を容れることができない。厳しいままでは、自分は保てても、人が入ってこられません。
この章句が説くこと
始め学びて己を行うは当に金玉の微塵の汚れを受けざるが如くすべし其の徳を成すに及びては受くる所有るも亦た害あらざる所有り然らずんば容るる無し学び潔癖寛容
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