宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
公曰琦平生仗孤忠以進毎遇大事即以死自處幸而不死皆偶成實天扶持非琦所能也
新字:公曰琦平生仗孤忠以進毎遇大事即以死自処幸而不死皆偶成実天扶持非琦所能也
書き下し
公曰く、琦は平生孤忠を仗みて以て進む。大事に遇う毎に、即ち死を以て自ら處す。幸いにして死せざるは、皆偶ま成れるなり。實に天の扶持にして、琦の能くする所に非ざるなりと。
現代語訳
韓琦は言った。「琦は生涯、ただひとりの忠義を頼りにして進んできた。大きな事に出会うたびに、そのつど死ぬものとして身を置いた。幸いに死ななかったのは、みなたまたまそうなっただけである。実は天が支えたのであって、琦の力でできたことではない」。
解説
生き延びた人の言い方として、これ以上短くならない形です。危ない場に何度も立ちました。そのつどの構えを、はっきり言っています。大きな事に出会うたびに、そのつど死ぬものとして身を置いた。それが成功談にならないのは、結果の説明を自分の手柄にしていないからです。幸いに死ななかったのは、みなたまたまそうなっただけである。うまく立ち回ったとも、見通していたとも言っていない。実は天が支えたのであって、琦の力でできたことではない。
この章句が説くこと
琦は平生孤忠を仗みて以て進む大事に遇う毎に即ち死を以て自ら処す幸いにして死せざるは皆偶ま成れるなり実に天の扶持にして琦の能くする所に非ざるなり覚悟幸運
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