宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
臣今為陛下計謂冝遣使報聘優致禮幣具言朝廷向来興作乃修備之常與北朝通好之久自古所無豈有他意且疆土素定當如舊界請命邉吏退近者侵占之地不可持此造端隳累世之好如將官之類因而罷去以釋虜疑萬一聽命則可以遷延嵗月陛下益養民愛力選賢任能踈逺奸䛕進用忠鯁使天下恱服邉備日充虜果敗盟然後一振威勢恢復故疆快天人之心雪祖宗之憤矣
新字:臣今為陛下計謂冝遣使報聘優致礼幣具言朝廷向来興作乃修備之常与北朝通好之久自古所無豈有他意且疆土素定当如旧界請命邉吏退近者侵占之地不可持此造端隳累世之好如将官之類因而罷去以釈虜疑万一聴命則可以遷延歳月陛下益養民愛力選賢任能疎遠奸䛕進用忠鯁使天下恱服邉備日充虜果敗盟然後一振威勢恢復故疆快天人之心雪祖宗之憤矣
書き下し
臣今陛下の爲に計るに、謂えらく宜しく使いを遣わして聘に報い、優に禮幣を致し、具さに言うべし。朝廷向來の興作は乃ち備えを修むるの常なり。北朝と好を通ずるの久しきは、古より所無し。豈に他意有らんやと。且つ疆土素より定まる。當に舊界の如くすべし。邊吏に命じて近き者の侵占の地を退かしめんことを請う。此を持して端を造り、累世の好を隳る可からず。將官の類の如きは、因りて罷め去りて以て虜の疑いを釋け。萬一命を聽かば、則ち以て歳月を遷延す可し。陛下益ミ民を養い力を愛しみ、賢を選び能を任じ、奸諛を疎遠し、忠鯁を進用し、天下をして悅服せしめば、邊備日に充ちん。虜果たして盟を敗らば、然る後に一たび威勢を振るいて故疆を恢復し、天人の心を快くし、祖宗の憤りを雪がん。
現代語訳
臣がいま陛下のために計りますに、使いを遣わして訪問に報い、礼物を手厚くし、こまごまと申し述べるべきです。朝廷が近ごろ興し起こしていることは、備えを修めるふだんのことにすぎません。北朝と好を通じてきた長さは、古来ないほどのものです。どうして他意がありましょうか、と。そのうえで、領土はもともと定まっている、旧来の境界のとおりであるべきだ、と申します。国境の役人に命じて、近ごろ侵し占めた地を退かせるようお願いし、これを口実にして端を作り、代々の友好を壊すべきではありません。将官の類は、それを機に廃止して契丹の疑いを解くべきです。万一こちらの言を聴き入れれば、歳月を引き延ばすことができます。陛下がますます民を養い力を惜しみ、賢者を選び有能な者に任せ、へつらう者を遠ざけ、まっすぐ諫める者を進め用い、天下を悦んで服させれば、国境の備えは日ごとに充実します。契丹が本当に盟約を破るなら、そのときこそ一挙に威勢を振るって旧領を回復し、天と人の心を快くし、祖宗の憤りを雪ぐことができましょう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』昭公元年 垂櫜して入る小國恃みを失ひて、諸侯を懲らさば、憾みざる者莫からしめ、君命に距違して、壅塞して行はれざる所有らんことを是れ懼る。然らずんば、敝邑は館人の屬なり。其れ敢へて豐氏の祧を愛しまんや」と。伍舉其の備へ有るを知るなり、請ふ櫜を垂れて入らんと。之を許す。正月乙未、入りて逆へて出づ。遂に虢に會す。宋の盟を尋ぬるなり。祁午趙文子に謂ひて曰く、「宋の盟に、楚人晉に志を得たり。今令尹の不信、諸侯の聞く所なり。子戒めずんば、懼らくは又宋の如くならん。子木の信、諸侯に稱せらるるも、猶ほ晉を詐りて駕す。況んや不信の尤なる者をや。楚重ねて晉に志を得ば、晉の恥なり。子晉國に相として、以て盟主と為ること、今に於て七年なり。再び諸侯を合し、三たび大夫を合し、齊・狄を服し、東夏を寧んじ、秦の亂を平らげ、淳于に城く。師徒頓れず、
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『墨子』魯問魯君、子墨子に謂いて曰く、「吾れ齊の吾を攻めんことを恐る。救う可きか」と。子墨子曰く、「可なり。昔者、三代の聖王、禹・湯・文・武は、百里の諸侯なり。忠を説き義を行いて、天下を取る。三代の暴王、桀・紂・幽・厲は、讐怨し暴を行いて、天下を失う。吾れ願わくは主君の、上は天を尊び鬼に事え、下は百姓を愛し利し、厚く皮幣を為り、辭令を卑くし、函く徧く四隣の諸侯を禮し、國を敺りて以て齊に事えんことを。患い救う可きなり。願うに非ざれば為す可き者無し」と。
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『春秋左氏伝』昭公五年 始めを敬して終はりを思ふ晉の韓宣子楚に如きて女を送る。叔向介為り。鄭の子皮・子大叔、諸を索氏に勞ふ。大叔叔向に謂ひて曰く、「楚王の汏侈已甚し。子其れ之を戒めよ」と。叔向曰く、「汏侈已甚しきは、身の災ひなり。焉んぞ能く人に及ばん。若し吾が幣帛を奉じ、吾が威儀を慎み、之を守るに信を以てし、之を行ふに禮を以てし、始めを敬して終はりを思はば、終に復せざる無し。從ひて儀を失はず、敬して威を失はず、之を道くに訓辭を以てし、之を奉ずるに舊法を以てし、之を考ふるに先王を以てし、之を度るに二國を以てせば、汏侈と雖も我を若何せん」と。楚に及ぶ。楚子其の大夫を朝せしめて曰く、「晉は吾が仇敵なり。苟も志を得ば、其の他を恤ふる無けん。今其の來たる者は、上卿・上大夫なり。若し吾韓起を以て閽と為し、羊舌肸を以て司宮と為さば、以て晉を辱むるに足り、吾も亦た志を得ん。可ならんか」と。大夫對ふる莫し。薳啟彊曰く、「可なり。苟も其の備へ有らば、何の故に可ならざらん。匹夫を恥づかしむるすら以て備へ無かるべからず、況んや國を恥づかしむるをや。是を以て聖王は禮を行ふに務めて、人を恥づかしむるを求めず。
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『春秋左氏伝』昭公五年 晋、備えを失はず朝聘に珪有り、享覜に璋有り。小は述職有り、大は巡功有り。机を設けて倚らず、爵盈ちて飲まず。宴に好貨有り、飧に陪鼎有り。入るに郊勞有り、出づるに贈賄有り。禮の至りなり。國家の敗るるは、之が道を失へばなり。則ち禍亂興る。城濮の役、晉楚の備へ無くして、以て邲に敗る。邲の役、楚晉の備へ無くして、以て鄢に敗る。鄢より以來、晉備へを失はず、而して之に加ふるに禮を以てし、之を重ぬるに睦を以てす。是を以て楚報ゆる能はずして、親しみを求む。既に姻親を獲て、又之を恥づかしめんと欲し、以て寇讎を召く。之に備ふること若何。誰か其れ此を重んぜん。若し其の人有らば、之を恥づかしむるも可なり。若し其れ未だ有らずんば、君亦た之を圖れ。晉の君に事ふる、臣は可なりと曰はん。諸侯を求むれば麇(むら)がり至り、昏を求むれば女を薦む。君親ら之を送り、上卿及び上大夫之を致す。猶ほ之を恥づかしめんと欲す、君其れ亦た備へ有らん。然らずんば奈何せん。韓起の下に、趙成・中行吳・魏舒・范鞅・知盈有り。羊舌肸の下に、
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言志四録・言志晩録 別存 第二十六条 酒樽を破りて舟人に飲ましむ辛未の歳、韓人来聘す。旨有りて之を対州に館し、大小の官員を遣はして聘を受けしむ。公も亦焉に与る。公海を渡る時、酒数樽を貯へしむ。人其の故を知らず。既にして事訖り、纜を解きて帰に就く。時に風浪驟かに興り、風逆ひ、舟人極めて苦しむ。公乃ち自ら酒樽を倒し、鎗鐓を以て其の底を撞き破り、手自ら飯椀を以て之を斟み、舟人に飲ましむ。舟人是に於て気力一倍し、我が船独り先づ唐津に達す。他船は則ち後るること数十里なりと云ふ。
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『春秋左氏伝』昭公五年 一臧一否、誰か能く当たらん將に以て鼓に釁らんとす。則ち吳備ふる所を知らん。敝邑羸(よわ)しと雖も、若し早く脩完せば、其れ以て師を息むべし。難易に備へ有り、吉と謂ふべし。且つ吳は社稷を是れ卜す、豈に一人の為ならんや。使臣軍鼓に釁らるるを獲て、敝邑備へを知り、以て不虞を禦がば、其の吉為ること孰れか大ならん。國の守龜、其れ何事をか卜せざらん。一は臧(よ)く一は否(あ)し、其れ誰か能く之に當たらん。城濮の兆、其の報いは邲に在り。今此の行や、其れ庸ぞ報ゆる志有らん」と。乃ち殺さず。楚の師羅汭を濟る。沈尹赤楚子に會して萊山に次る。薳射繁揚の師を帥ゐて、先づ南懷に入る。楚の師之に從ふ。汝清に及ぶ。吳入るべからず。楚子遂に兵を坻箕の山に觀す。是の行や、吳早く備へを設け、楚功無くして還る。蹶由を以て歸る。楚子吳を懼れ、沈尹射をして命を巢に待たしめ、薳啟彊をして命を雩婁に待たしむ。禮なり。秦の后子秦に復歸す。景公卒する故なり。

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