宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
監左藏庫時方貴髙科多徑去為顯職公獨滯於筦庫衆以為非宜公處之自若不以為卑冗職事亦未嘗茍且
新字:監左蔵庫時方貴高科多径去為顕職公独滞於筦庫衆以為非宜公処之自若不以為卑冗職事亦未嘗茍且
書き下し
左藏庫を監す。時に方に髙科を貴び、多くは徑ちに去りて顯職と爲る。公獨り筦庫に滯る。衆以て宜しからずと爲す。公之に處ること自若として、以て卑冗と爲さず。職事も亦た未だ嘗て茍且ならず。
現代語訳
左蔵庫(宮中の倉庫)の監督となった。当時は科挙の上位合格を貴び、多くはすぐにそこを離れて目立つ官職に就いた。韓琦だけが倉庫の管理にとどまった。周りはそれを不当だと考えた。韓琦は落ち着いたままで、卑しい閑職だとは考えなかった。仕事のほうも、いいかげんにしたことがなかった。
解説
第二位で及第した人が、倉庫番から始めた条です。同じ年に受かった者はすぐ目立つ職へ移っていきました。**周りはそれを不当だと考えた。**当人だけが動じていません。しかも書かれているのは二つです。**卑しい閑職だとは考えなかった。仕事のほうも、いいかげんにしたことがなかった。**気持ちの持ちようだけで終わらせず、実際の仕事ぶりを並べている。後集の巻頭に置かれた人の、最初の勤め口の記録がこれです。
この章句が説くこと
時に方に高科を貴び多くは径ちに去りて顕職と為る公独り筦庫に滞る衆以て宜しからずと為す公之に処ること自若として以て卑冗と為さず下積み平常心誠実
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