宋名臣言行録 / 前集巻十・蘇洵
今有人焉口誦孔老之言身履夷齊之行収召好名之士不得志之人相與語言私立名字以為顔淵孟軻復出而隂賊險狠與人異趣是王衍盧杞合而為一人也其禍可勝言哉夫面垢不忘洗衣垢不㤀澣此人之至情也今也不然衣巨盧之衣食犬彘之食囚首䘮面而談詩書此豈其情也哉凡事之不近人情者鮮不為大奸慝以葢世之名而濟未形之惡雖有願治之主好賢之相猶當舉而用之則其為天下之患必然而無疑者非特二子之比也
新字:今有人焉口誦孔老之言身履夷斉之行収召好名之士不得志之人相与語言私立名字以為顔淵孟軻復出而陰賊険狠与人異趣是王衍盧杞合而為一人也其禍可勝言哉夫面垢不忘洗衣垢不㤀澣此人之至情也今也不然衣巨盧之衣食犬彘之食囚首喪面而談詩書此豈其情也哉凡事之不近人情者鮮不為大奸慝以葢世之名而済未形之悪雖有願治之主好賢之相猶当舉而用之則其為天下之患必然而無疑者非特二子之比也
書き下し
今、人有り。口に孔・老の言を誦し、身に夷・齊の行を履み、名を好むの士、志を得ざるの人を収召し、相い與に語言し、私かに名字を立てて、以て顔淵・孟軻の復た出でたりと爲す。而して隂賊險狠にして人と趣を異にす。是れ王衍・盧杞、合して一人と爲るなり。其の禍、勝げて言う可けんや。夫れ面垢づけば洗うを忘れず、衣垢づけば澣うを忘れざるは、此れ人の至情なり。今や然らず。巨盧の衣を衣、犬彘の食を食い、囚首䘮面して詩書を談ず。此れ豈に其の情ならんや。凡そ事の人情に近からざる者は、大姦慝と爲らざるは鮮し。世を葢うの名を以て、未だ形れざるの惡を濟す。治を願うの主、賢を好むの相有りと雖も、猶お當に舉げて之を用うべし。則ち其の天下の患いと爲ること、必然にして疑い無き者は、特に二子の比のみに非ざるなり。
現代語訳
いまここに人がいる。口には孔子と老子の言葉を誦し、身には伯夷・叔斉のふるまいを踏み、名を好む士や志を得ない人を集め、互いに語り合い、ひそかに呼び名を立てて、顔淵や孟子がふたたび出たかのようにする。しかも内は陰険で残忍、人とは向かうところが異なる。これは王衍と盧杞が合わさって一人になったものだ。その禍は言い尽くせようか。そもそも顔が汚れれば洗うのを忘れず、衣が汚れれば洗うのを忘れないのが、人のまっとうな情である。いまはそうではない。賤しい者の衣を着、犬や豚の食うようなものを食べ、囚人のような頭、喪中のような顔をして、詩や書を談じている。これがどうしてまっとうな情であろうか。およそ人情に近くないことをする者で、大きな奸悪にならない者は少ない。世を覆うほどの名によって、まだ形にならない悪を成し遂げる。世を治めたいと願う君主、賢を好む宰相がいたとしても、なおその者を挙げて用いてしまうだろう。そうなれば天下の患いとなることは、必然で疑いようがない。あの二人どころの話ではない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『驢鞍橋』卷上一日或る俗来て曰く、承り及ふ故に是れ迄伺候仕る、一句示し給へ。師曰く、一人虚を伝ふれば、万人実と伝ふとて何者かおどけ者有りて、正三こそ名誉者なれ抔といへば、末々に聞き伝へ、扨は空をも翅り、光をも放つか抔と思ひ、正三見物に来り、変も無き老人なるを見て、皆興を醒さるゝ也。誠に我何の変もなき土禅門也。只死度くも無き間、何とぞして殺さるゝ事有りとも、何とも思はす、頸を指出して自由に死ぬ程に成りたさに修する也。されとも死は置いて餓鬼畜生を出でぬ也。是れを出度く思ふ心は、何とも思はず居る者には增さるへき歟。別に人に增りたる事無し。其方も聞かんと思はゝ一向のしろうとに成りめさるへし。彼者、秘し給ふと思ひ弥示し給へと云ふ。師曰く、我仏法の能き事を知らず、只我悪敷事を能く知りたる也。我友に成り、出入めされば、何時も我処に有る餓鬼畜生を懺悔して聞かせ申すべし。実に是の外によき事を知らず、ひげして云ふかと思ひめされんずな。無間に沈むほうぞ知らぬ也。
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史記 伯夷列伝「君子は世を没して名の称せられざるを疾む」。賈子曰く、「貪夫は財に徇じ、烈士は名に徇じ、夸者は権に死し、衆庶は生を馮む」と。「同明は相ひ照らし、同類は相ひ求む。雲は龍に従ひ、風は虎に従ふ。聖人作りて万物覩はる」。伯夷・叔斉は賢なりと雖も、夫子を得て名益々彰はる。顔淵は篤学なりと雖も、驥尾に附して行ひ益々顕はる。巌穴の士、趣舎此くの若き時有り、類名堙滅して称せられざるは、悲しいかな。閭巷の人、行ひを砥ぎ名を立てんと欲する者は、青雲の士に附くに非ずんば、悪んぞ能く後世に施かんや。
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『呻吟語』内篇・修身・名心盛んなる者は必ず偽を作す名心盛んなる者は必ず偽を作す。
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『童子問』卷下問ふ、中庸は声名の蛮貊に施き及ぶを以て、夫子の盛徳の験と為す。然れども仏・老子の名も亦然り。独り孔子のみならず。仏の称号に至りては、益々熾んなり。此の方には固より老子の宮無し。然れども漢土に在りては、道観と仏寺と相埒し。則ち其の盛んなること知るべし、と。曰く、怪を好みて常を好まず、奇を喜びて正を喜ばざるは、天下古今の通患にして、人人皆然り。道士は多く禅説を仮借し、又人の為に醮祭祈禱す。其の陋知るべし。仏者は荘厳を務め、誇大を好み、専ら伝灯を以て要と為す。愚民を蠱惑し、賢智を誘入し、周羅綱繆して、至らざる所無し。蓋し其の法の或いは断絶し、其の教への或いは至らざる所有らんことを懼るるなり。此れ其の声名の盛んなる所以なり。夫子の若きは、則ち然らず。子貢曰く、夫子は温良恭倹譲以て之を得たり、と。蓋し五者は己を謙りて人に下り、外を願はざるの事にして、仏老の荘厳を務め誇大を好むと異なれり。蓋し夫子の教へは、天地自然の道理にして、人心に根ざし、風俗に徹し、時として然らざる無く、処として在らざる無し。故に荘厳を務めず、誇大を好まずして、其の声名赫赫として、蛮貊に施き及ぶ。此れ其の大なる所以なり。苟も真に夫子の道の徳の大、実に堯舜より賢りて、生民以来未だ嘗て有らざるの盛んなるを知らば、則ち汝の宇宙を眼空するを許さん、と。童子曰く、大なるかな言や。始めて未だ嘗て聞かざる所を聞くことを得たり。何の幸ひか之に如かん、と。衽を斂めて退く。
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『驢鞍橋』卷下一日、去る者来て曰く、何某和尚は、道者と云はれ給ふか、又此頃は悪名世間に語り伝ふと云ふ。師聞て曰く、左も無くして、人に道者と貴はれたる咎遁れ難かるへし。天道是れを許さんや。夫れほど又世間に耻を曝らして、その報ひを返さで叶はす。或は機違ひ、或は死苦病苦强かるへし。総じて徳無くして人に貴はるゝ程の咎なし。又曰く、天然と通力抔有り、奇特の業を作す性は、悪の性、化物性也。たとひ通有りとも、一悪をも断替かする為めにも成るへからす、心は人に易らすして人に貴はるゝこと、大なる咎也。
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『呻吟語』外篇・品藻・名を好むの心之を為す名を好むの人は其の心を充たさば、父母兄弟妻子も都て顧み得ず。何となれば、名は兩つながら成らず、必ず相形して而る後に顯はるればなり。葉人の父の羊を攘むを證し、陳仲子の兄の鵝を受くるを惡み、周澤の妻の戒を破るを奏するは、皆な名を好むの心之を為すなり。

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