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宋名臣言行録 / 前集巻十・孫復

范文正在睢陽掌學有孫秀才者索遊上謁文正贈錢一千明年孫生復道睢陽謁文正又贈一千因問何為汲汲於道路孫生戚然動色曰母老無以養若日得百錢則甘㫖足矣文正曰吾觀子辭氣非乞客也二年僕僕所得幾何而廢學多矣吾今補子學職月可得三千以供養子能安於學乎孫生大喜於是授以春秋而孫生篤學不舍晝夜明年文正去睢陽孫亦辭歸後十年聞泰山下有孫明復先生以春秋教授學者道徳髙邁朝廷召至乃昔日索遊孫秀才也

新字:范文正在睢陽掌学有孫秀才者索遊上謁文正贈銭一千明年孫生復道睢陽謁文正又贈一千因問何為汲汲於道路孫生戚然動色曰母老無以養若日得百銭則甘旨足矣文正曰吾観子辞気非乞客也二年僕僕所得幾何而廃学多矣吾今補子学職月可得三千以供養子能安於学乎孫生大喜於是授以春秋而孫生篤学不舎昼夜明年文正去睢陽孫亦辞帰後十年聞泰山下有孫明復先生以春秋教授学者道徳高邁朝廷召至乃昔日索遊孫秀才也

書き下し

范文正、睢陽に在りて學を掌る。孫秀才なる者有り、索遊して上りて文正に謁す。文正錢一千を贈る。明年、孫生復た睢陽を道り、文正に謁す。又た一千を贈る。因りて問う、何爲れぞ道路に汲汲たるやと。孫生戚然として色を動かして曰く、母老いて以て養う無し。若し日に百錢を得ば、則ち甘㫖足れりと。文正曰く、吾子の辭氣を觀るに、乞客に非ざるなり。二年僕僕として、得る所幾何ぞ。而して學を廢すること多し。吾今、子を學職に補せば、月に三千を得可く、以て養を供せん。子能く學に安んずるかと。孫生大いに喜ぶ。是に於いて授くるに春秋を以てす。而して孫生篤學にして晝夜を舍かず。明年、文正睢陽を去り、孫も亦た辭して歸る。後十年、泰山の下に孫明復先生なる者有り、春秋を以て學者に教授し、道徳髙邁なるを聞く。朝廷召し至らしむ。乃ち昔日索遊せし孫秀才なり。

現代語訳

范仲淹が睢陽で学校を預かっていたころ、孫秀才という者がいて、施しを求めて訪ねて来た。范仲淹は銭一千を贈った。翌年、孫生はまた睢陽を通りかかって范仲淹に会った。また一千を贈った。そこで尋ねた。「どうしてそう道を歩き回っているのか」。孫生は悲しげに顔色を変えて言った。「母が老いて、養う手だてがありません。もし一日に百銭が得られれば、うまいものを食べさせるには足ります」。范仲淹は言った。「あなたの言葉つきを見るに、物乞いではない。二年ものあいだ歩き回って、得たものはどれほどか。そのあいだに捨てた学問のほうが多い。私がいまあなたを学校の職に補せば、月に三千は得られ、養いにあてられる。あなたは学問に落ち着いていられるか」。孫生は大いに喜んだ。そこで『春秋』を授けた。孫生は篤く学んで昼夜を措かなかった。翌年、范仲淹は睢陽を去り、孫生も辞して帰った。十年の後、泰山のふもとに孫明復先生という人がいて、『春秋』で学者を教え、道徳が高く抜きん出ていると聞こえた。朝廷が召し寄せた。それが、かつて施しを求めて歩いていた孫秀才であった。

解説

施しを二度渡したところで、渡し方を変えた条です。**二年歩き回って、得たものはどれほどか。そのあいだに捨てた学問のほうが多い。**足りない金額ではなく、失われている時間のほうを数えました。そのうえで月三千の職を用意し、条件を一つだけ付けます。**あなたは学問に落ち着いていられるか。**そして十年後、朝廷が召した泰山の孫明復先生が、その人だった。前の四つの条で学者として書かれてきた人が、ここで振り出しから書き直されています。

この章句が説くこと

二年僕僕として得る所幾何ぞ而して学を廃すること多し子を学職に補せば月に三千を得可し子能く学に安んずるか後十年泰山の下に孫明復先生なる者有り援助育成時間

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