宋名臣言行録 / 前集巻八・狄青
青宣撫廣西時智髙守崑崙闗青至賔州值上元節令大張燈燭首夜宴將佐次夜宴從軍官三夜饗軍校首夜樂飲徹曉次夜二皷時青忽稱疾暫起如内久之使人諭孫元規令暫主席行酒少服藥乃出數使勸勞座客至曉客未敢退忽有馳報者云是三皷青巳奪崑崙矣
新字:青宣撫広西時智高守崑崙関青至賔州值上元節令大張灯燭首夜宴将佐次夜宴従軍官三夜饗軍校首夜楽飲徹暁次夜二皷時青忽称疾暫起如内久之使人諭孫元規令暫主席行酒少服薬乃出数使勧労座客至暁客未敢退忽有馳報者云是三皷青巳奪崑崙矣
書き下し
青、廣西を宣撫す。時に智髙、崑崙闗を守る。青、賔州に至り、上元節に値う。大いに燈燭を張らしむ。首夜、將佐に宴す。次夜、從軍の官に宴す。三夜、軍校を饗す。首夜、樂飲して曉に徹る。次夜、二皷の時、青、忽ち疾と稱して暫く起ちて内に如く。久しくして、人をして孫元規に諭さしめ、暫く席を主どりて酒を行らしむ。少しく藥を服して乃ち出でんと。數々使いをして座客を勸勞せしむ。曉に至るまで、客未だ敢えて退かず。忽ち馳報する者有りて云う、是れ三皷、青、巳に崑崙を奪えりと。
現代語訳
狄青が広西を宣撫していた。当時、儂智高は崑崙関を守っていた。狄青は賓州に着いて、上元の節句に当たった。大いに灯りを掲げさせた。初日の夜、将と副官に宴を張った。二日目の夜、従軍の官に宴を張った。三日目の夜、軍の校尉をもてなした。初日の夜は、楽しく飲んで夜明けまで続いた。二日目の夜、二更のころ、狄青は突然、病だと称してしばらく立って奥へ入った。長いことして、人をやって孫元規に伝えさせた。しばらく席を取り仕切って酒を回してほしい、少し薬を飲んでから出る、と。たびたび使いをやって座の客をねぎらわせた。夜明けまで、客はあえて退出しなかった。突然、馬を飛ばして報せる者があって言った。「三更に、狄青はもう崑崙関を奪いました」。
解説
三晩続きの宴の、二日目の途中で消えた条です。**病だと称してしばらく奥へ入り、席を取り仕切ってくれと伝えさせ、少し薬を飲んでから出る、と言わせた。**そのうえ**たびたび使いをやって座の客をねぎらわせています。**居ないことを、居るように見せ続けた。客は夜明けまで退出できませんでした。**三更に、狄青はもう崑崙関を奪いました。**宴そのものが、関を越えるための装置でした。
この章句が説くこと
青忽ち疾と称して暫く起ちて内に如く暫く席を主どりて酒を行らしむ少しく薬を服して乃ち出でん是れ三皷青巳に崑崙を奪えり奇襲偽装宴
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孫子・虚実篇その趨かざる所に出で、その意わざる所に趨く。
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孫子・行軍篇兵怒りて相迎え、久しくして合わず、又相去らざるは、必ず謹んでこれを察すべし。
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『宋名臣言行録』前集巻八・狄青青の智髙を征するや、桂林を過ぐるより、即ち辨色の時を以て先鋒を行かしむ。先鋒既に行く。青乃ち帳を出でて衙を受く。罷めて諸將に命じて坐して酒一巵・小餐を飲ましめ、然る後に中軍行く。率ね以て常と爲す。崑崙闗下に頓軍するに及び、翌日、將に闗を度らんとす。晨に起き、諸將、帳に詣りて立つこと甚だ久し。而して青、尚お未だ坐治せず。日髙きに至る。親吏、之を疑い、遽かに入りて周視すれば、則ち青の在る所を知らず。諸將方に相い顧みて驚愕す。俄かに軍□の至る有りて曰く、宣徽、諸官に傳語す、請う、闗を過ぎて食を喫せよと。方に知る、青、巳に㣲服して先鋒と同に闗を度れるを。
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『宋名臣言行録』前集巻八・狄青時に智髙、還りて邕州を守る。青、崑崙闗の險阨、據らるる所と爲るを懼る。乃ち賔州に令を下し、其の五日の糧、士卒を休ましむ。賊の諜、備えを爲さずと知る。是の夜、大風雨あり。青、衆を率いて半夜の時、崑崙闗を度る。既に度りて喜びて曰く、賊、此を守るを知らず。爲す能う無きなり。彼、夜半風雨にて吾れ敢えて來らずと謂う。吾が來るは、其の不意に出づる所以なりと。巳に邕州に近づく。賊方に覺る。歸仁舖に逆戰す。青、髙きに登りて之を望む。賊、坡上に據る。我が軍之に薄る。禆將孫節、流矢に中りて死す。青、急に軍を麾きて進ましむ。人人皆な殊死して戰う。是より先、青、巳に蕃落の馬二千を縱ちて賊の後に出でしむ。是に至り前後合擊す。賊の標牌軍、馬軍の衝突する所と爲り、皆な駐まる能わず。軍士又た馬上の鐡連枷を縱ちて之を擊つ。遂に皆な披靡し、相い枕藉して死す。賊遂に大敗す。智髙、果たして城を焚きて遁れ去る。青、先に公亮と言う、軍制を立て賞罰を明らかにす、賊、見るを得可からず、標牌は騎兵に當たる能わずと。皆な料る所の如し。青、堂户の上に坐して兵を數千里の外に論ず。辭約にして慮明なり。古の名將と雖も、何を以て此に加えん。豈に特だ一時の武人の崛起する者ならんや。
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