宋名臣言行録 / 前集巻八・狄青
初張忠蔣偕之徃率皆自京師六七日馳至廣州未嘗拊士卒立行伍一旦見賊則疾驅使戰又偕等所居不知爲營衛故士卒皆望風退走而忠臨陣偕方卧帳中悉爲賊所虜楊畋余靖又所爲紛亂不能自振而孫沔大受請托所與行者乃朱從道鄭抒翊揚乾曜之徒皆險薄無頼欲有所避免邀求沔引之自從逺近莫不嗟異既至潭州沔遂稱疾觀望不敢進
新字:初張忠蔣偕之往率皆自京師六七日馳至広州未嘗拊士卒立行伍一旦見賊則疾駆使戦又偕等所居不知為営衛故士卒皆望風退走而忠臨陣偕方卧帳中悉為賊所虜楊畋余靖又所為紛乱不能自振而孫沔大受請托所与行者乃朱従道鄭抒翊揚乾曜之徒皆険薄無頼欲有所避免邀求沔引之自従遠近莫不嗟異既至潭州沔遂称疾観望不敢進
書き下し
初め張忠・蔣偕の徃くや、率ね皆な京師より六七日にして馳せて廣州に至る。未だ嘗て士卒を拊し行伍を立てず。一旦、賊を見れば則ち疾く驅りて戰わしむ。又た偕等の居る所、營衛を爲すを知らず。故に士卒皆な風を望みて退走す。而して忠は陣に臨み、偕は方に帳中に卧す。悉く賊の虜する所と為る。楊畋・余靖、又た爲す所紛亂にして自ら振るう能わず。而して孫沔、大いに請托を受く。與に行く所の者は乃ち朱從道・鄭抒・翊揚・乾曜の徒なり。皆な險薄無頼にして、避免する所有らんと欲して沔に邀求す。沔、之を引きて自ら從う。逺近、嗟異せざる莫し。既に潭州に至る。沔遂に疾と稱し、觀望して敢えて進まず。
現代語訳
はじめ張忠と蔣偕が行ったとき、どちらも都から六、七日で駆けつけて広州に着いた。一度も兵をいたわらず、隊列を立てなかった。ある日、賊を見るや急いで駆り立てて戦わせた。そのうえ蔣偕らのいた所は、宿営の警備というものを知らなかった。だから兵はみな遠くから見ただけで逃げ出した。そして張忠は陣に臨んだまま、蔣偕は天幕の中で寝ていた。どちらも賊に捕らえられた。楊畋と余靖も、やることが乱れて自ら立ち直れなかった。そして孫沔は多くの頼み事を引き受けた。連れて行った者は、朱従道・鄭抒・翊揚・乾曜といった者たちであった。みな危なっかしく軽薄で頼りにならず、何かを免れようとして孫沔に頼み込んでいた。孫沔はそれを引き入れて連れて行った。遠近の人でこれを嘆き怪しまない者はなかった。潭州に着いた。孫沔はそこで病だと称し、様子をうかがって進もうとしなかった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孟子・公孫丑章句下燕人畔く。王曰く、「吾甚だ孟子に慚づ。」陳賈曰く、「王患うること無かれ。王自ら以て周公と孰れか仁且つ智なりと為すか。」王曰く、「惡。是れ何の言ぞや。」曰く、「周公、管叔をして殷を監せしむ。管叔、殷を以て畔く。知りて之を使むれば、是れ不仁なり。知らずして之を使むれば、是れ不智なり。仁智は周公も未だ之れ盡くさざるなり。而るを況んや王に於いてをや。賈請う、見て之を解かん。」孟子を見て、問いて曰く、「周公は何人ぞや。」曰く、「古の聖人なり。」曰く、「管叔をして殷を監せしめしに、管叔、殷を以て畔く。諸れ有りや。」曰く、「然り。」曰く、「周公は其れ將に畔かんとするを知りて之に使むるか。」曰く、「知らざるなり。」「然らば則ち聖人すら且つ過つこと有るか。」曰く、「周公は弟なり。管叔は兄なり。周公の過つも、亦た宜ならずや。且つ古の君子は、過てば則ち之を改む。今の君子は、過てば則ち之に順う。古の君子は、其の過つや、日月の食するが如し。民皆之を見る。其の更むるに及んでや、民皆之を仰ぐ。今の君子は、豈に徒に之に順うのみならんや。又從って之が辭を為す。」
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孫子・謀攻篇将その忿に勝えずしてこれに蟻附すれば、士卒の三分の一を殺し、城抜けざる者、此れ攻の災なり。
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論語・衛霊公篇子曰く、吾嘗て終日食らわず、終夜寝ねず、以て思う。益無し。学ぶに如かざるなり。
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『宋名臣言行録』前集巻八・包拯公、京を尹め、明察と號と爲す。編民の法を犯して當に脊を杖たるべき有り。吏、賕を受け、之と約して曰く、今、尹に見えば必ず我に責狀を付せん。汝、第だ呼號して自ら辨ぜよ。我、汝と此の罪を分かたん。汝、杖を决せられ、我も亦た杖を决せられんと。既にして包、囚を引きて問い畢わる。果たして吏に責狀を付す。囚、吏の言の如くし、分辨して巳まず。吏、大聲もて之を訶して曰く、但だ脊杖を受けて出で去れ。何ぞ多言を用いんやと。包、其の權を市うと謂い、吏を捽して之を杖つこと十七。特に囚の罪を寛くして止だ從杖に坐す。以て吏の勢いを沮む。知らず、乃ち賣らるる所と爲るを。卒に素約の如し。小人の姦を爲すは、固より防ぎ難きなり。公の天性は峭嚴なり。未だ嘗て笑容有らず。人、包希仁の笑いは黄河の清むに比すと謂う。
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