宋名臣言行録 / 前集巻七・范仲淹
晏殊留守南京公遭母憂晏公請掌府學公常宿學中訓督學者夜課諸生讀書寢食皆立時刻往往潛至齋舍詗之見先寢者詰之其人紿云適疲倦暫就枕耳問未寢時觀何書其人亦妄對則取書問之其人不能對乃罰之出題使諸生作賦必先自為之欲知其難易及所當用意亦使學者准以為法由是後學者輻湊
新字:晏殊留守南京公遭母憂晏公請掌府学公常宿学中訓督学者夜課諸生読書寝食皆立時刻往往潜至斎舎詗之見先寝者詰之其人紿云適疲倦暫就枕耳問未寝時観何書其人亦妄対則取書問之其人不能対乃罰之出題使諸生作賦必先自為之欲知其難易及所当用意亦使学者准以為法由是後学者輻湊
書き下し
晏殊、南京に留守す。公、母の憂いに遭う。晏公、府學を掌らんことを請う。公、常に學中に宿し、學者を訓督す。夜、諸生に讀書を課す。寢食、皆な時刻を立つ。往往にして潛かに齋舍に至りて之を詗う。先ず寢ぬる者を見れば之を詰る。其の人、紿きて云う、適ま疲倦し、暫く枕に就くのみと。未だ寢ねざる時、何の書を觀しかを問う。其の人、亦た妄りに對う。則ち書を取りて之に問う。其の人對うる能わず。乃ち之を罰す。題を出だして諸生をして賦を作らしむるに、必ず先ず自ら之を為る。其の難易及び當に意を用うべき所を知らんと欲すればなり。亦た學者をして准じて以て法と為さしむ。是に由りて後、學者輻湊す。
現代語訳
晏殊が南京の留守であった。公は母の喪に服していた。晏殊は府の学校を管掌するよう願い出た。公はいつも学校の中に泊まり、学ぶ者を訓育し監督した。夜には学生たちに読書を課した。寝るのも食べるのも、みな時刻を定めた。しばしばひそかに寄宿舎へ行って様子をうかがった。先に寝ている者を見つけると問い詰めた。その者は嘘をついて言った。「たまたま疲れて、しばらく枕に就いただけです」。まだ寝ていなかったときに何の書を読んでいたかと尋ねた。その者はやはりでたらめに答えた。そこでその書を取って問うた。その者は答えられなかった。そこで罰した。題を出して学生たちに賦を作らせるときは、必ず先に自分で作った。その難易と、どこに意を用いるべきかを知ろうとしたからである。そして学ぶ者にそれをよりどころとして手本にさせた。これによって以後、学ぶ者が集まってきた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『宋名臣言行録』前集巻六・晏殊公、南京に留守し、大いに學校を興して以て諸生を教う。五代より以来、天下の學廢る。興るは公より始まる。
-
『宋名臣言行録』前集巻七・范仲淹公、二歳にして孤たり。母夫人、貧にして依る無く、再び長山の朱氏に適く。既に長じて其の世家を知る。感泣して之を去り、南都に之きて學舍に入る。一室を掃きて、晝夜講誦す。其の起居飲食は人の堪えざる所なり。而して公、自ら刻すること益々苦なり。居ること五年、大いに六經の㫖に通ず。文章・論説を為すに必ず仁義に本づく。
-
『宋名臣言行録』前集巻七・范仲淹公、南都の學舍に處る。晝夜苦學すること五年、未だ嘗て衣を解きて寢に就かず。夜、或いは昬怠すれば、輙ち水を以て面に沃ぐ。往往にして饘粥充たず、日昃きて始めて食う。同舍生、或いは珍饍を饋る。皆な拒みて受けず。
-
『宋名臣言行録』前集巻七・范仲淹公、服中に宰相に書を上り、朝政の得失及び民間の利病を言う。凡そ萬餘言。王曽、見て之を偉とす。時に晏殊も亦た京師に在り。一人を薦めて館職と為す。曽、殊に謂いて曰く、公、范仲淹を知る。捨てて薦めずして斯の人を薦むるかと。已に公の為に置きて行わず。宜しく更に仲淹を薦むべしと。殊之に從う。遂に館職に除す。頃くして冬至、仗を立つ。禮官、議を定め、章獻に媚びんと欲す。天子、百官を帥いて夀を庭に獻ぜんことを請う。公奏して不可とす。殊大いに懼れ、公を召して之を責め怒り、以て狂と為す。公、色を正して抗言して曰く、仲淹、明公の誤知を受け、常に稱わずして知己の為に羞を為さんことを懼る。意わざりき、今日、更に正論を以て門下に罪を獲んとはと。殊慙じて以て應うる無し。
-
『宋名臣言行録』前集巻六・晏殊公、童子たる時、張文節、之を朝に薦む。召して闕下に至る。適ま御試進士に値う。便ち公をして試に就かしむ。公一たび試題を見て曰く、臣、十日前已に此の賦を作れり。賦草尚お在り。乞う、别に題を命ぜよと。上、極めて其の隠さざるを愛す。館職と為るに及び、時に天下事無し。臣僚の勝を擇びて燕飲するを許す。當時の侍從・文館の士大夫、各々宴集を為す。以て市樓・酒肆に至るまで往往にして皆な供帳し、遊息の地と為す。公、時に貧なること甚だし。出づる能わず。獨り家居して兄弟と講習す。一日、東宫の官を選ぶ。忽ち中より批して晏殊を除して執政とす。因る所を諭る莫し。次日、進覆す。上諭して曰く、近ごろ聞く、館閣の臣寮、嬉遊宴賞して日に彌り夕に繼がざるは無し。惟だ殊のみ門を杜ざして兄弟と書を讀む。此くの如く謹厚なれば、正に東宫の官と為す可しと。公既に命を受けて對を得たり。上、面のあたり除授の意を諭す。公、語言質野なり。對えて曰く、臣、宴遊を樂しまざるに非ず。直だ貧にして為す可きの具無きを以てなり。臣、若し錢有らば、亦た須らく往くべし。但だ錢無くして出づる能わざるのみと。上、益々其の誠實にして君に事うるの體を知るを嘉す。眷注日に深し。仁宗の時、卒に大用に至る。
-
『宋名臣言行録』前集巻六・晏殊公、未だ嘗て子弟の為に恩澤を求めず。陳州に在り。上、宰相に問いて曰く、晏殊、外に居りて未だ嘗て請う所有らず。其れ亦た欲する所有るかと。宰相、以て公に告ぐ。公、自ら表して起居を問うのみ。故に薨ずるや、上尤も之を哀しむ。