宋名臣言行録 / 前集巻六・晏殊
公未嘗為子弟求恩澤在陳州上問宰相曰晏殊居外未嘗有所請其亦有所欲耶宰相以告公公自表問起居而已故薨上尤哀之
新字:公未嘗為子弟求恩沢在陳州上問宰相曰晏殊居外未嘗有所請其亦有所欲耶宰相以告公公自表問起居而已故薨上尤哀之
書き下し
公、未だ嘗て子弟の為に恩澤を求めず。陳州に在り。上、宰相に問いて曰く、晏殊、外に居りて未だ嘗て請う所有らず。其れ亦た欲する所有るかと。宰相、以て公に告ぐ。公、自ら表して起居を問うのみ。故に薨ずるや、上尤も之を哀しむ。
現代語訳
公は一度も、子や弟のために恩沢を求めたことがなかった。陳州にいた。帝が宰相に尋ねた。「晏殊は地方にいて、一度も願い出たことがない。あの者にも何か望みがあるのではないか」。宰相はそれを公に伝えた。公は、自分から上表して帝の安否を伺っただけであった。だから亡くなったとき、帝はことのほか悲しんだ。
解説
何も願い出ない人を、皇帝のほうが気にかけた条です。**あの者にも何か望みがあるのではないか。**宰相を通して、遠回しに聞かせています。**公は、自分から上表して帝の安否を伺っただけであった。**願い出る絶好の機会を、そのまま流している。前の条で「金があれば宴にも行きます」と正直に言った同じ人が、こちらでは望みを言いませんでした。
この章句が説くこと
公未だ嘗て子弟の為に恩沢を求めず晏殊外に居りて未だ嘗て請う所有らず其れ亦た欲する所有るか公自ら表して起居を問うのみ無欲機会身内
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