宋名臣言行録 / 前集巻七・范仲淹
公以進士解褐為廣徳軍司理日抱具獄與太守爭是非守盛怒臨之公不為屈歸必記其往復論辨之語于屏上比去至字無所容貧止一馬鬻馬徒步而歸
新字:公以進士解褐為広徳軍司理日抱具獄与太守争是非守盛怒臨之公不為屈帰必記其往復論弁之語于屏上比去至字無所容貧止一馬鬻馬徒歩而帰
書き下し
公、進士を以て褐を解き、廣徳軍司理と為る。日々に具獄を抱きて太守と是非を爭う。守盛んに怒りて之に臨む。公、為に屈せず。歸れば必ず其の往復論辨の語を屏上に記す。去るに比び、字を至くる所無し。貧にして止だ一馬のみ。馬を鬻ぎ、徒步して歸る。
現代語訳
公は進士となって官に就き、広徳軍の司理となった。毎日、裁きの書類を抱えて太守と是非を争った。太守は激しく怒って臨んだ。公はそのために屈しなかった。帰るたび必ず、そのやりとりの論争の言葉を屏風に書き留めた。任地を去るころには、字を書き入れる余地が無くなっていた。貧しくて馬が一頭あるだけであった。馬を売って、歩いて帰った。
解説
最初の任地での記録です。**毎日、裁きの書類を抱えて太守と是非を争った。**そして帰るたび、そのやりとりを屏風に書き留めています。**去るころには、字を書き入れる余地が無くなっていた。**論争の量が、屏風の面積で示されている。締めがまた良い。**馬を売って、歩いて帰った。**争い続けて、持ち物は馬一頭。それも売って帰りました。
この章句が説くこと
日々に具獄を抱きて太守と是非を争う守盛んに怒りて之に臨む公為に屈せず帰れば必ず其の往復論弁の語を屏上に記す去るに比び字を至くる所無し貧にして止だ一馬のみ馬を鬻ぎ徒歩して帰る抗論記録清貧
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