宋名臣言行録 / 前集巻七・杜衍
公退寓南都不殖資産第宅卑陋居之裕如也烏㡌皂綈袍革帶親故或言宜為居士服公曰老而謝事尚可竊髙士名邪
新字:公退寓南都不殖資産第宅卑陋居之裕如也烏㡌皂綈袍革帯親故或言宜為居士服公曰老而謝事尚可竊高士名邪
書き下し
公、退きて南都に寓す。資産を殖やさず。第宅卑陋なるも、之に居りて裕如たり。烏㡌・皂綈袍・革帶なり。親故、或いは宜しく居士の服を為すべしと言う。公曰く、老いて事を謝す。尚お髙士の名を竊む可けんやと。
現代語訳
公は退いて南都に仮住まいした。財産を殖やさなかった。屋敷は低く粗末であったが、そこに住んでゆったりとしていた。黒い帽子、黒い絹の袍、革の帯であった。親しい者や旧知の中に、隠者の服を着るべきだと言う者があった。公は言った。「年老いて職を辞したのだ。そのうえ高士という名まで盗んでよいものか」。
解説
隠退した人に、隠者らしい服を勧めた条です。**年老いて職を辞したのだ。そのうえ高士という名まで盗んでよいものか。**辞めたことは事実だが、高士であることは自分で名乗るものではない、と言っています。着ていたのは黒い帽子と黒い絹の袍と革の帯——役人が着るふつうのものです。「飾り立てて実際を超えれば偽りに近くなる」を、いちばん小さなところで実行した一条になっています。
この章句が説くこと
資産を殖やさず第宅卑陋なるも之に居りて裕如たり親故或いは宜しく居士の服を為すべしと言う老いて事を謝す尚お高士の名を竊む可けんや隠退名装い
関連する章句
-
『宋名臣言行録』前集巻七・杜衍公、客を享するに多く髹器を用う。客に面のあたり稱嘆する有りて曰く、公、相と為りて清貧なること乃ち爾るかと。公、侍人に命じて盡く白金の燕器を取りて前に陳ねしめて曰く、衍、此を乏しとするに非ず。雅より好まざるのみと。然れども公の性は施すを好み、亦た卒に蓄えざるなり。張唐公侍讀壊、曰く、公の施すを好むは人の能く及ぶ所なり。其の妄りに施さざるは人の能わざる所なりと。
-
『宋名臣言行録』前集巻七・杜衍公、家に食するに、惟だ一麵一飯のみ。或るひと其の儉を羙む。公曰く、衍は本と一措大のみ。名位・服用は皆な國家の者なり。俸入の餘は以て親族の貧なる者に給す。常に浮食を恐る。焉んぞ敢えて以て自ら奉ぜんや。一旦、名位・爵禄、國家之を奪わば、却って一措大と為らん。又た將に何を以て自ら奉養せんとするやと。又た嘗て門生を戒めて曰く、天下惟だ浙人のみ褊急にして動き易く、柔懦にして立つこと少なし。衍、幕府に在りしより監司と為るに至るまで、人尚お信ぜず。三司副使と為るに及び、累ねて上前に執奏して移らず。人始めて之を信ず。反って曰く、杜衍是くの如し。兩浙の生に非ざるかと。其の吾が黨を輕んずること此くの如し。子の識慮の髙遠、志尚の端慤なるを觀るに、他日、植立して當に鄉曲の顯と為るべし。謹んで少しも枉げて時の為に上下せらるる勿かれと。
-
『宋名臣言行録』前集巻七・杜衍公、一日、憂い色に見る。門生曰く、公、今日、何を以て悦ばざるやと。公曰く、適ま朝報を覩る。某事を行い某事を行う。便ならざる所以に憂うるのみと。又た一日、喜び色に見る。門生、未だ問うに及ばず。公曰く、今日、朝報を見るに、某人進用せられ某人進用せらる。社稷の福なりと。公又た曰く、孔子稱す、其の位に在らざれば其の政を謀らずと。苐だ衍、國恩を荷うこと之れ深し。退居して以来、家事は百も心に關せず。獨り未だ國を忘るる能わざるのみと。
-
『宋名臣言行録』前集巻七・杜衍公嘗て門生に謂いて曰く、凡そ士君子、事を作し己を行うに、當に中道を履むべし。宜しく矯飾すべからず。矯飾、實に過ぐれば則ち偽に近しと。
-
『宋名臣言行録』前集巻七・杜衍嘗て門生に謂いて曰く、官と作るは第一に清、人の知るを求むる無きを畏る。茍しくも人に知られんと欲せば、同列の不慎なる者衆く、必ず己を譛らん。上為る者、又た明察を加えず。適だ禍を取るに足るのみ。但だ其の間に優游し、黙して之を行い、心に愧じ無ければ可なりと。
-
『宋名臣言行録』前集巻七・杜衍門生に縣令と為る者有り。公之を戒めて曰く、子の才器、一縣令は施すに足らず。然れども切に當に韜晦して圭角を露わす無かるべし。方を毁ちて瓦合し、中に合うを求むれば可なり。然らずんば事に益無く、徒らに禍を取るのみと。門生曰く、公は平生、直亮忠信を以て天下に重んぜらる。今、反って某に誨うるに此を以てするは何ぞやと。公曰く、衍は任を厯すること多く、年を厯すること乆し。上は帝王の知る所と為り、次は朝野の信ずる所と為る。故に其の志を申ぶるを得たり。今、子は縣令為り。巻舒・休戚、之を長吏に係く。夫れ良二千石なる者は固より得易からず。若し奏知せずんば、子、焉くんぞ以て其の志を申ぶるを得ん。徒らに禍を取るのみ。予、子に方を毁ちて瓦合し、中に合うを求めしめんと欲する所以なりと。