宋名臣言行録 / 前集巻五・王曽
丁謂既逐李迪于衡州因大行貶竄王欽若丁度等皆投之逺方時公參知政事不平之曰責太重矣謂熟視乆之曰居停主人恐亦不免也公踧然而懼因宻謀去之内侍雷允恭既有力于謂謂深徳之至是允恭為山陵都監謂為山陵使允恭擅移山陵上穴謂知其非而重違允恭無所可否既而上穴有石石盡水出公具得其事以謂擅易陵地意有不善欲奏之而未得間語同列曰曾無子欲令弟子過房来日奏事畢略留奏之謂不以為疑太后聞之大驚即命差官按劾其事而謂不知也謂既得罪山陵竟就下穴葢謂所坐欲庇允恭耳然其邪謀深逺得位嵗乆心不可測雖公以計傾之而公議不以為非也
新字:丁謂既逐李迪于衡州因大行貶竄王欽若丁度等皆投之遠方時公参知政事不平之曰責太重矣謂熟視乆之曰居停主人恐亦不免也公踧然而懼因宻謀去之内侍雷允恭既有力于謂謂深徳之至是允恭為山陵都監謂為山陵使允恭擅移山陵上穴謂知其非而重違允恭無所可否既而上穴有石石尽水出公具得其事以謂擅易陵地意有不善欲奏之而未得間語同列曰曽無子欲令弟子過房来日奏事畢略留奏之謂不以為疑太后聞之大驚即命差官按劾其事而謂不知也謂既得罪山陵竟就下穴葢謂所坐欲庇允恭耳然其邪謀深遠得位歳乆心不可測雖公以計傾之而公議不以為非也
書き下し
丁謂既に李迪を衡州に逐う。因りて大いに貶竄を行う。王欽若・丁度等、皆な之を逺方に投ず。時に公、參知政事たり。之を平らかとせずして曰く、責、太だ重しと。謂、熟視すること之を乆しくして曰く、居停の主人、恐らくは亦た免れざらんと。公踧然として懼る。因りて宻かに之を去らんことを謀る。内侍雷允恭、既に謂に力有り。謂、深く之を徳とす。是に至り、允恭、山陵都監と為り、謂、山陵使と為る。允恭、擅に山陵の上穴を移す。謂、其の非なるを知れども、允恭に違うを重んじ、可否する所無し。既にして上穴に石有り。石盡きて水出づ。公、具さに其の事を得たり。謂の擅に陵地を易えたるを以て、意に善からざる有り。之を奏せんと欲するも未だ間を得ず。同列に語りて曰く、曽、子無し。弟子をして過房せしめんと欲す。来日、事を奏し畢わらば、略ぼ留まりて之を奏せんと。謂、以て疑いと為さず。太后、之を聞きて大いに驚く。即ち官を差わして其の事を按劾せしむ。而して謂知らざるなり。謂既に罪を得たり。山陵、竟に下穴に就く。葢し謂の坐する所は、允恭を庇わんと欲するのみ。然れども其の邪謀深遠にして位を得ること歳乆し。心測る可からず。公、計を以て之を傾くと雖も、公議、以て非と為さざるなり。
現代語訳
丁謂は李迪を衡州へ追いやった。それに乗じて大がかりな流謫を行った。王欽若・丁度らを、みな遠方へ投げやった。当時、公は参知政事であった。それを不当として言った。「処罰が重すぎる」。丁謂はじっと長いあいだ見つめて言った。「宿の主人も、たぶん免れないでしょうな」。公はぎくりとして恐れた。そこでひそかに丁謂を除く算段をした。宦官の雷允恭は丁謂のために力を尽くしていた。丁謂はそれを深く恩に感じていた。このとき、雷允恭は山陵都監となり、丁謂は山陵使となった。雷允恭は勝手に陵の穴の位置を上へ移した。丁謂はそれが間違いだと知っていたが、雷允恭に逆らうのを避けて、可とも否とも言わなかった。ほどなく上の穴に石が出た。石を掘り尽くすと水が出た。公はその事の一部始終を掴んだ。丁謂が勝手に陵の地を変えたことについて、その意図に良からぬものがあるとした。奏上しようとしたが、その機会が得られなかった。同僚に言った。「私には子がいない。弟の子を養子にしたいと思う。明日、奏上が終わったら、少しだけ残ってそれを申し上げたい」。丁謂は怪しまなかった。太后はそれを聞いてひどく驚いた。すぐに官を差し向けてその事を取り調べさせた。丁謂は知らなかった。丁謂はそれで罪を得た。陵はけっきょく下の穴に定まった。丁謂が問われた罪は、雷允恭を庇おうとしたということだけであった。しかしその邪な謀りごとは深く遠く、位を得て年久しく、心は測りがたかった。公は計略によってこれを倒したのだが、世の議論はそれを非としなかった。
解説
この章句が説くこと
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『宋名臣言行録』前集巻五・李迪謂、因りて直ちに中書に入り、同列に見え、堂吏を召して之に諭し、文書を索めて之を閲す。来日、諸公と同に事を奏す。上も亦た語無し。衆退く。獨り留まる。出づるに及び、道、學士院を過ぐ。院吏に問う、今日、學士は誰か直せると。曰く、劉學士筠なりと。謂、筠を呼び出だし、口ずから聖㫖を傳え、謂をして復た相たらしむ、麻を草す可しと令す。筠曰く、相を命ずるは必ず面のあたり㫖を得。果たして爾らば、今日必ず宣召有らん。麻は乃ち為す可きなりと。謂、之を如何ともする無し。他日、再び事を奏す。復た少しく留まる。退きて學士院を過ぐ。復た問う、誰か直せると。曰く、錢惟演なりと。謂、復た聖㫖を以て之に語る。惟演即ち命に從う。既に復た相たり。乃ち公及び其の黨を逐う。正人、之が為に一空す。將に公の責詞を草せんとす。時に宋宣獻、知制誥として當に直すべし。其の罪名を請う。謂曰く、春秋に將無く、漢法に不道なるは、皆な其の事なりと。宋、已むを得ずして之に從う。謂の朱崖に貶せらるるに及び、宋、猶お詞命を掌る。即ち之が為に詞して曰く、無將の戒めは深く魯經に著れ、不道の誅は漢法に逃れ難しと。天下之を快とす。
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『宋名臣言行録』前集巻五・李迪真宗既に疾甚し。李迪・丁謂、同に相と作る。内臣雷允恭なる者は嬖臣なり。劉后より以下、皆な畏れて之に事う。謂の進用は皆な雷の力なり。嘗て宣を中書に傳え、林特を以て樞宻副使と為さんと欲す。迪、不可として曰く、兩府を除するは、須らく面のあたり聖㫖を奉ずべしと。翌日、之を上前に爭う。聲色俱に厲し。謂、辭窮し、俛首鞠躬するのみ。謂既に退く。迪獨り留まりて劄子を納る。上、皆な省記する能わず。而して二相皆な郡を以て罷む。允恭、宣を謂の家に傳え、中書、人を闕くを以て、權に謂を留めて發遣せしむ。
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『宋名臣言行録』前集巻五・李迪真宗豫まず。冦凖罪を得たり。丁謂・李迪、同に相と為る。其の事を以て進呈す。上、凖を除して小處の知州とせんことを命ず。謂、退きて其の紙尾に署して曰く、聖㫖を奉じて逺小處の知州に除すと。迪曰く、曏者の聖㫖に逺の字無しと。謂曰く、君と面のあたり徳音を奉ず。君、擅に聖㫖を改めて以て凖を庇わんと欲するかと。是に由りて二人鬭䦧し、更々相い論奏す。上、翰林學士錢惟演に命じて制を草して謂の政事を罷めしむ。惟演、遂に迪を出だして謂を留む。外人、先に其の事を聞く。制出でて愕然たらざる無し。上も亦た復た省みざるなり。
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『宋名臣言行録』前集巻四・冦凖公、雷州に貶せらるる時、丁謂と馮拯と中書に在り。丁、當に筆を秉るべし。初め崖州に貶せんと欲す。而して丁忽ち自ら疑い、馮に語りて曰く、崖州は再び鯨波を涉る。如何と。馮、唯唯たるのみ。丁乃ち徐ろに雷州に擬す。丁の貶せらるるや、馮遂に崖州に擬す。當時の好事者、相い語りて曰く、若し雷州の冦司戸に遇わば、人生何れの處にか相い逢わざらんと。丁の南するに比び、冦復た道州に移る。冦、丁の當に来たるべきを聞き、人を遣わして蒸羊を以て境上に逆え、而して其の僮僕を收め、門を杜ざして放ち出ださず。聞く者多く以て體を得たりと為す。
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『宋名臣言行録』前集巻五・王曽初め章聖上仙す。外、尚お未だ聞かず。中書・宻院、同に入りて起居を問う。召して寢閤に詣らしむ。東面して帷を垂る。明肅、遺命を傳え、皇太子及び皇太后を輔立して權に軍國の大事を聴斷せしむ。退きて哀を發す。公、殿廬に於て遺制を草具す。丁謂、權の字を去り、淑妃を加えて皇太妃の字と為さんと欲す。公執って咨して曰く、皇帝は冲年、太后臨朝す。斯れ已に國家の否運なり。權と稱するも猶お後に示すに足る。況んや言、猶お耳に在り。何ぞ改む可けんや。且つ制書を増減するに法有り。豈に表則の地、先ず之を亂さんと欲するを期せんや。曷為れぞ更に立妃の文を載せんや。必ず若し尊禮せば、當に事の定まるを俟ちて議すべしと。謂勃然として曰く、參政、却って遺制を擅改せんと欲するかと。公曰く、曽、適来、寢殿の中、實に此の言を聞かず。若し誠に之れ有らば、豈に敢えて改めんやと。諸公、相い同ずる者無し。遂に依違して行う。然れども權の字は遂に敢えて去らず。故に謂の敗るるや、公、首として爰立の命を被る。
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『宋名臣言行録』前集巻四・冦凖公、士を好み善を樂しみて倦まず。丁謂・种放の徒、皆な其の門に出づ。嘗て親しむ所に語りて曰く、丁生は誠に竒材なり。惟だ重任に堪えずと。公、相と為り、謂、參政たり。嘗て都堂に㑹食す。羮、公の鬚を染む。謂、起ちて之を拂う。公、色を正して曰く、身は執政と為りて、親ら宰相の為に鬚を拂うかと。謂、慙じて勝えず。公、正直を恃みて巧佞を虞らず。故に卒に陷る所と為る。