宋名臣言行録 / 前集巻三・張詠
少時謁華山陳圖南遂欲隠居陳曰公方有官職未可議此其勢如失火家待君救火豈可不赴也
新字:少時謁華山陳図南遂欲隠居陳曰公方有官職未可議此其勢如失火家待君救火豈可不赴也
書き下し
少き時、華山の陳圖南に謁す。遂に隠居せんと欲す。陳曰く、公は方に官職有り。未だ此を議す可からず。其の勢いは火を失える家の君の火を救うを待つが如し。豈に赴かざる可けんやと。
現代語訳
若いころ、華山の陳摶に会った。そのまま隠居しようと思った。陳摶は言った。「あなたにはいま官職がある。まだそれを論じるべきではない。いまの情勢は、火事を出した家があなたの消火を待っているようなものだ。どうして駆けつけずにいられよう」。
解説
隠居したいと言った若者を、隠者のほうが止めた条です。理由が一つだけ置かれています。**いまの情勢は、火事を出した家があなたの消火を待っているようなものだ。**世を捨てる資格の話ではなく、いま火が出ているという事実の話にしています。前の条で「出なければ帝王の師」と見立てた同じ人が、ここでは出よと言った。見立てと勧めが噛み合っている二条です。
この章句が説くこと
其の勢いは火を失える家の君の火を救うを待つが如し豈に赴かざる可けんや公は方に官職有り未だ此を議す可からず進退隠遁時機
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