宋名臣言行録 / 前集巻一・范質
公自以執政之地生殺慘舒所係茍不能蚤夜兢慎悉心精慮敗事覆餗憂患畢至加之道有枉直時有險夷居其位者今古所難嘗謂同列曰人能鼻吸三斗醇醋即可為宰相矣
新字:公自以執政之地生殺惨舒所係茍不能蚤夜兢慎悉心精慮敗事覆餗憂患畢至加之道有枉直時有険夷居其位者今古所難嘗謂同列曰人能鼻吸三斗醇醋即可為宰相矣
書き下し
公自ら執政の地は生殺慘舒の係る所なるを以て、茍くも蚤夜兢慎し、心を悉くし慮りを精しくする能わずんば、事を敗り餗を覆し、憂患畢く至らんとす。之に加うるに道に枉直有り、時に險夷有り。其の位に居る者は今古の難しとする所なり。嘗て同列に謂いて曰く、人能く鼻もて三斗の醇醋を吸わば、即ち宰相と為る可しと。
現代語訳
公は、執政の地位は人の生き死にや苦楽のかかっている場所であり、朝も晩も慎み恐れ、心を尽くし考えを細やかにしなければ、事を損ない鼎の中身をひっくり返して、憂いと患いがことごとく降りかかると考えていた。そのうえ道には曲がったところも真っ直ぐなところもあり、時勢には険しいときも平らなときもある。その位に居る者は、今も昔も難しいとされてきた。かつて同僚に言った。「人が鼻から三斗の濃い酢を吸えるようなら、それで宰相になれる」。
解説
宰相の職を、権限ではなく我慢の量で語った条です。生き死にや苦楽がかかっているのだから朝も晩も恐れ慎み、心を尽くさなければ鼎をひっくり返す、と前置きしたうえで、同僚に向けて一言。**鼻から三斗の濃い酢を吸えるようなら、それで宰相になれる。**むせるほど酸っぱいものを、顔にも出さず吸い続けられるか。地位に必要なのは才ではなく、その耐性だと言っています。
この章句が説くこと
人能く鼻もて三斗の醇醋を吸わば即ち宰相と為る可し執政の地は生殺惨舒の係る所なり蚤夜兢慎し心を悉くし慮りを精しくす忍耐地位責任
関連する章句
-
『塩鉄論』刺權篇文學曰く、禹・稷は布衣より、天下に其の所を得ざる者有るを思うこと、己推して之を溝中に納るるが若し、故に起ちて堯を佐け、水土を平治し、民に稼穡を教う。其の自ら天下に任ずること此くの如く其れ重きなり、豈に祿を食みて以て妻子を養うと云うのみならんや。夫れ萬人の力を食む者は、其の憂いを蒙り、其の勞に任ず。一人職を失い、一官治まらざるは、皆公卿の累なり。故に君子の仕うるは、其の義を行うなり、其の勢を樂しむに非ざるなり。祿を受くるは以て賢を潤すなり、其の利を私するに非ざるなり。賢を見て隱さず、祿を食みて專らにせず、此れ公叔の文と為る所以にして、魏成子の賢と為る所以なり。故に文王は德成りて後に子孫を封ず、天下以て黨と為さず、周公は功成りて後に封を受く、天下以て貪と為さず。今は則ち然らず。親戚相い推し、朋黨相い舉ぐ、父は位に尊く、子は內に溢れ、夫は朝に貴く、妻の謁は外に行わる。周公の德無くして其の富有り、管仲の功無くして其の侈有り、故に編戶の跛夫にして疾步を望むなり。
-
孟子・盡心章句上孟子曰く、「古の賢王は善を好みて勢いを忘る。古の賢士、何ぞ獨り然らざらん。其の道を樂しみて、人の勢いを忘る。故に王公も敬を致し禮を盡くさずんば、則ち亟々之を見るを得ず。見ることすら且つ猶ほ亟々するを得ず、而るを況んや得て之を臣とするをや。」
-
孫子・形篇故に戦いを善くする者は、不敗の地に立ち、敵の敗を失わず。
-
『韓非子』難勢第四十堯も匹夫為らば、三人を治むること能わじ、而して桀天子為れば、能く天下を亂る。吾此を以て勢位の恃むに足り、而して賢智の慕うに足らざるを知るなり。
-
老子・第13章寵辱には驚くが若く、大患を貴ぶこと身の若くす。何をか寵辱には驚くが若しと謂う。寵を下と為す、之を得るには驚くが若く、之を失うには驚くが若し。是を寵辱には驚くが若しと謂う。何をか大患を貴ぶこと身の若くすと謂う。吾に大患有る所以の者は、吾に身有るが為なり。吾に身無きに及びては、吾に何の患い有らんや。故に身を以て天下を為むるを貴ぶ者には、若ち天下を寄すべく、身を以て天下を為むるを愛しむ者には、若ち天下を託すべし。
-
牧民忠告・閑居進みては則ち安居して以て其の志を行い、退きては則ち安居して以て其の未だ能わざる所を修む。則ち是れ進むも亦た為す有り、退くも亦た為す有るなり。近世の士大夫は、惟だ進むに狃(な)れ、退けば則ち昏然(こんぜん)として猷為(ゆうい)する所無く、甚だしきは愧(は)じを茹(くら)い慚(はじ)を懐(いだ)き、蹙縮(しゅくしゅく)して敢えて一たびも戸を出でず。夫れ軒冤(けんえん)は、古人以て儻來(とうらい)の物と為すなり。其の有るも何の加うる所ぞ、其の無きも何の損する所ぞ。良貴(りょうき)の我に在るを思わず、惟だ物に仮(か)りて以て重軽と為さば、則ち其の人品の卑下なること、論ぜざれども知るべし。