宋名臣言行録 / 前集巻一・范質
質初作相與馮道同堂道意輕其新進潛視所為質初知印當判事語堂吏曰當判之事並施籖表得以視而書之慮臨文失誤貽天下笑道聞嘆曰自識大體吾不如也質果為名相
新字:質初作相与馮道同堂道意軽其新進潜視所為質初知印当判事語堂吏曰当判之事並施籖表得以視而書之慮臨文失誤貽天下笑道聞嘆曰自識大体吾不如也質果為名相
書き下し
質初めて相と作り、馮道と堂を同じくす。道、意ば其の新進を輕んじ、潛かに為す所を視る。質初めて印を知り當に事を判ずべし。堂吏に語りて曰く、當に判ずべきの事、並びに籖表を施し、視て之を書するを得しめよ。臨文に失誤して天下の笑いを貽さんことを慮ればなりと。道聞きて嘆じて曰く、自ら大體を識る。吾れ之に如かずと。質果たして名相と為る。
現代語訳
范質がはじめて宰相となり、馮道と同じ政事堂に列した。馮道は内心その新参ぶりを軽んじ、ひそかにやり方を見ていた。范質ははじめて印を預かり、事を裁決することになった。堂の役人に言った。「裁決すべき事には、みな付箋をつけておいてくれ。それを見ながら書けるようにしたい。文を書くときに誤って、天下の笑いものになるのを心配するからだ」。馮道はこれを聞いて感嘆した。「自分で大体を心得ている。私は及ばない」。范質ははたして名宰相となった。
解説
新任の宰相が最初にしたことが、**裁決すべき事に付箋を付けさせることだった**という条です。慣れていないと認めたうえで、間違えない仕組みを先に作っている。見下していた馮道が感嘆したのはそこでした。自分で大体を心得ている、私は及ばない、と。新しい立場に就いた人が、格好をつけるか、できないところを申告して手当てするかで、周りの見方が変わる。四代の王朝に仕えた老宰相の目に、それが分かったという場面です。
この章句が説くこと
当に判ずべきの事並びに籖表を施し視て之を書するを得しめよ臨文に失誤して天下の笑いを貽さんことを慮ればなり自ら大体を識る吾れ之に如かず着任自覚仕組み
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