宋名臣言行録 / 前集巻一・趙普
普為相於㕔事坐屏後置二大甕凡有人投利害文字皆置中滿即焚於通衢
新字:普為相於㕔事坐屏後置二大甕凡有人投利害文字皆置中満即焚於通衢
書き下し
普、相と為り、㕔事に於て屏後に坐し、二大甕を置く。凡そ人の利害の文字を投ずる有れば、皆な中に置く。滿つれば即ち通衢に焚く。
現代語訳
趙普は宰相となると、庁舎の屏風の後ろに坐り、大きな甕を二つ置いた。誰かが利害を訴える書きつけを投じてくると、みなその中に入れた。いっぱいになると、大通りで焼いた。
解説
三十字ほどの短い一条です。宰相の部屋に大甕を二つ置き、投げ込まれた訴えの文書をすべてそこへ入れ、**いっぱいになると大通りで焼いた。**読まないのではなく、残さない。しかも人目のある大通りで焼くところに意味があります。誰が何を書いたかは自分の手元にも残らない、と見せている。書きつけが後々まで力を持たない仕組みを、道具ひとつで作った例です。邵伯温『聞見録』による、と注があります。
この章句が説くこと
凡そ人の利害の文字を投ずる有れば皆な中に置く満つれば即ち通衢に焚く㕔事に於て屏後に坐し二大甕を置く密告処分公開
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