管子 / 侈靡
鄉殊俗,國異禮,則民不流矣。不同法,則民不困。鄉丘老不通,覩誅流散,則人不眺。安鄉樂宅,享祭而謳吟,稱號者皆誅,所以留民俗也。斷方井田之數,乘馬甸之衆,制之。陵谿立鬼神而謹祭,皆以能别以為食數,示重本也。故地廣千里者,禄重而祭尊。其君無餘。地與他若一者,從而艾之。君始者艾,若一者從乎殺,與于殺若一者。從者艾艾,若一者從于殺,與于殺若一者。從無封始,王事者上。
新字:鄉殊俗,国異礼,則民不流矣。不同法,則民不困。鄉丘老不通,睹誅流散,則人不眺。安鄉楽宅,享祭而謳吟,称号者皆誅,所以留民俗也。断方井田之数,乗馬甸之衆,制之。陵谿立鬼神而謹祭,皆以能別以為食数,示重本也。故地広千里者,禄重而祭尊。其君無余。地与他若一者,従而艾之。君始者艾,若一者従乎殺,与于殺若一者。従者艾艾,若一者従于殺,与于殺若一者。従無封始,王事者上。
書き下し
鄉俗を殊にし、國禮を異にすれば、則ち民流れず。法を同じくせざれば、則ち民困しまず。鄉丘の老通ぜず、誅流散を覩れば、則ち人眺めず。鄉に安んじ宅を樂しみ、享祭して謳吟し、號を稱する者は皆な誅す、民俗を留むる所以なり。方井田の數を斷ち、乘馬甸の衆、之を制す。陵谿に鬼神を立てて謹みて祭り、皆な能を以て別ちて以て食の數と為すは、本を重んずるを示すなり。故に地廣きこと千里なる者は、禄重くして祭尊し。其の君餘り無し。地の他と一なるが若き者は、從いて之を艾る。君始むる者は艾り、一なるが若き者は殺に從い、殺に與る一なるが若き者なり。從う者は艾り艾り、一なるが若き者は殺に從い、殺に與る一なるが若き者なり。從いて封を無みするに始まり、王事なる者は上る。
現代語訳
郷ごとに習わしを違え、国ごとに礼を違えれば、民は流れ出ない。法を同じにしなければ、民は苦しまない。郷や丘の長老が行き来せず、罰を受けて流れ散る者を目にすれば、人はよそを眺めない。郷に安んじ住まいを楽しみ、祭りをして歌い、勝手に号を名乗る者はみな誅する。これが民の習わしをそこに留めるやり方である。方形の井田の数を区切り、乗馬と甸の人数を定める。丘や谷に鬼神を立てて慎んで祭り、みな能によって分けて食の数とするのは、本を重んじることを示すためである。だから土地が千里に広い者は、禄が重く祭りも尊い。その君に余りはない。土地が他と同じような者は、それに従って刈り取られる。君が始めた者は刈られ、同じような者は殺に従い、殺に加わる者も同じである。従う者は刈られ刈られ、同じような者は殺に従い、殺に加わる者も同じである。封を無くすところから始まり、王の事を行う者が上に立つ。
解説
この章句が説くこと
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論語・学而篇有子曰く、「其の人と為りや、孝弟にして上を犯すことを好む者は鮮なし。上を犯すことを好まずして乱を作すことを好む者は、未だ之有らざるなり。君子は本を務む。本立ちて道生ず。孝弟や者は、其れ仁の本為るか。」
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『管子』霸形桓公躬を變じ席を遷し、手を拱きて問いて曰く、「敢えて問う、何をか其の本と謂う」と。管子對えて曰く、「齊國の百姓は、公の本なり。人甚だ飢えを憂う、而して稅斂重し。人甚だ死を懼る、而して刑政險なり。人甚だ勞を傷む、而して上事を舉ぐるに時ならず。公其の稅斂を輕くすれば、則ち人飢えを憂えず。其の刑政を緩くすれば、則ち人死を懼れず。事を舉ぐるに時を以てすれば、則ち人勞を傷まず」と。桓公曰く、「寡人仲父の言を聞く、此の三つの者命を聞けり。敢えて擅にせざるなり、將に之を先君に薦めんとす」と。是に於いて百官有司に令し、方を削り筆を墨し、明日皆太廟の門に朝せしむ。朝定まり、百吏に令す。稅する者をして百に一鍾ならしめ、孤幼は刑せず、澤梁は時に縱ち、關は譏して征せず、市は書して賦せず。近き者には之に示すに忠信を以てし、遠き者には之に示すに禮義を以てす。此を行うこと數年にして、民の之に歸すること流水の如し。
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『管子』霸言夫れ霸王の始まる所は、人を以て本と為す。本理まれば則ち國固く、本亂るれば則ち國危うし。故に上明らかなれば則ち下敬し、政平らかなれば則ち人安く、士教和すれば則ち兵敵に勝ち、能を使えば則ち百事理まり、仁に親しめば則ち上危うからず、賢に任ずれば則ち諸侯服す。霸王の形は、德義もて之に勝ち、智謀もて之に勝ち、兵戰もて之に勝ち、地形もて之に勝ち、動作もて之に勝つ、故に之に王たり。
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『淮南子』本經訓古者 天子は一畿、諸侯は一同、各々其の分を守りて、相い侵すを得ず。王道を行わざる者有りて、萬民を暴虐し、地を爭い壤を侵し、政を亂し禁を犯し、之を召せども至らず、之に令すれども行われず、之を禁ずれども止まず、之を誨うれども變ぜざれば、乃ち兵を舉げて之を伐ち、其の君を戮し、其の党を易え、其の墓を封じ、其の社を類し、其の子孫を卜して以て之に代う。晚世は地を廣くし壤を侵すを務め、並兼して已む無く、不義の兵を舉げ、無罪の國を伐ち、不辜の民を殺し、先聖の後を絕つ。大國は出でて攻め、小國は城して守り、人の牛馬を驅り、人の子女を傒ぎ、人の宗廟を毀ち、人の重寶を遷し、血 千里に流れ、暴骸 野に滿つ。以て貪主の欲を澹すは、兵の生ずる所に非ざるなり。故に兵なる者は、暴を討つ所以にして、暴を為す所以に非ず。樂なる者は、和を致す所以にして、淫を為す所以に非ず。喪なる者は、哀を盡くす所以にして、偽を為す所以に非ず。故に親に事うるに道有り、而して愛を務めと為す。朝廷に容有り、而して敬を上と為す。喪に處るに禮有り、而して哀を主と為す。兵を用うるに術有り、而して義を本と為す。本 立ちて道 行われ、本 傷つきて道 廢る。
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『淮南子』道應訓齊人 淳于髡 從を以て魏王に説く。魏王 之を辯とす。車十乘を約し、將に荊に使いせしめんとす。辭して行かんとす。人 以爲えらく從は未だ足らずと。復た衡を以て説くに、其の辭 然るが若し。魏王 乃ち其の行を止めて其の身を疎んず。從の心志を失いて、又た衡の事を成す能わず。是れ其の固なる所以なり。夫れ言に宗有り、事に本有り。其の宗本を失わば、技能 多しと雖も、其の寡なきに若かず。故に周鼎に倕を著して、之が指を齧ましむ。先王 以て大巧の不可なるを見す。故に愼子曰く、「匠人は門を爲るを知る。門を以てするも、門を知らざる所以なり。故に必ず杜し、然る後に能く門とす」と。
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『管子』霸形桓公位に在り、管仲・隰朋見ゆ、立つこと間有り、貳鴻の飛びて之を過ぐる有り。桓公歎じて曰く、「仲父、今彼の鴻鵠は時有りて南し、時有りて北し、時有りて往き、時有りて來たる。四方遠き無く、至らんと欲する所に至る。唯だ羽翼有るの故のみに非ず、是を以て能く其の意を天下に通ずるか」と。管仲・隰朋對えず。桓公曰く、「二子何の故に對えざる」と。管子對えて曰く、「君に霸王の心有り、而して夷吾は霸王の臣に非ざるなり、是を以て敢えて對えず」と。桓公曰く、「仲父胡為れぞ然る、盍ぞ言に當たらざる、寡人其れ鄉かう有らんや。寡人の仲父有るは、猶お飛鴻の羽翼有るがごときなり、大水を濟るに舟楫有るが若きなり。仲父一言も寡人に教えずんば、寡人の耳有る、將に安くにか道を聞きて度を得んとするや」と。管子對えて曰く、「君若し將に霸王たらんと欲し、大事を舉げんとせば、則ち必ず其の本事に從え」と。