甲陽軍鑑 / 品第六
着語して云入レ凡入聖一織田信長公十三の御年寺へ上り給へども、中々手をばならはずして、萬ふるまひあしく、手習朋友共食物すればうばひ取て食しなどして、種々恥辱なる事不可勝計しかあれば寺の法印も、もてあつかひかたへの人も之を見て物の用に立べからす彈正忠の子にては有まじきなどゝ申しあへり、
新字:着語して云入レ凡入聖一織田信長公十三の御年寺へ上り給へども、中々手をばならはずして、万ふるまひあしく、手習朋友共食物すればうばひ取て食しなどして、種々恥辱なる事不可勝計しかあれば寺の法印も、もてあつかひかたへの人も之を見て物の用に立べからす弾正忠の子にては有まじきなどゝ申しあへり、
書き下し
着語して云入レ凡入聖一織田信長公十三の御年寺へ上り給へども、中々手をばならはずして、万ふるまひあしく、手習朋友共食物すればうばひ取て食しなどして、種々恥辱なる事不可勝計しかあれば寺の法印も、もてあつかひかたへの人も之を見て物の用に立べからす弾正忠の子にては有まじきなどゝ申しあへり、
現代語訳
着語して言う、凡に入り聖に入る。一、織田信長公が十三の御年、寺へ上られたけれども、なかなか手習いはなさらず、万事ふるまいが悪く、手習い仲間が食物を出せば奪い取って食うなどして、種々の恥辱なる事は数えきれない。そうであるから寺の法印も持て余し、かたわらの人もこれを見て、物の用に立つまい、弾正忠の子ではあるまいなどと申し合っていた。
解説
信長の少年時代を、悪評のほうから書き出している。手習いをせず人の食い物を奪う、寺も持て余す、家の子とも思えないと言われる。次の段でその同じ子が銭の使い方を見せるので、周りの見立てが外れる形になっている。人物を評する順序として、まず悪評を置くのがこの品の作り方である。人物を評する順序として、まず悪評を置くのがこの品の作り方である。次の段で見立てが外れるので、悪評そのものが仕掛けになっている。
この章句が説くこと
信長評判少年手習見立て悪評
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