甲陽軍鑑 / 品第六
我父爲景にはなれまいらせても、父の恩によつて一國をたもつ者也。然れば一州を治る者仕出の侍はさも有まじ、親に讓らるゝ者は一切の苦を不知、故に善惡を知まじ、善惡を不知は何事もあしかるべしとて、其一年中六十六部の聖とつれて、奥州出羽關東其外所々を修行し給ふ、是れ輝虎公十三の御年也、翌年十四歲にて姉むことの合戰有之輝虎公人數二千ばかり、敵の人數四千余誠に勢の多少一倍せりといへども、城郭へおしよせ、輝虎强て下知をくはへ、合戰勝利を得給ふ、是れ十四の御年也、
新字:我父為景にはなれまいらせても、父の恩によつて一国をたもつ者也。然れば一州を治る者仕出の侍はさも有まじ、親に譲らるゝ者は一切の苦を不知、故に善悪を知まじ、善悪を不知は何事もあしかるべしとて、其一年中六十六部の聖とつれて、奥州出羽関東其外所々を修行し給ふ、是れ輝虎公十三の御年也、翌年十四歳にて姉むことの合戦有之輝虎公人数二千ばかり、敵の人数四千余誠に勢の多少一倍せりといへども、城郭へおしよせ、輝虎强て下知をくはへ、合戦勝利を得給ふ、是れ十四の御年也、
書き下し
我父為景にはなれまいらせても、父の恩によつて一国をたもつ者也。然れば一州を治る者仕出の侍はさも有まじ、親に譲らるゝ者は一切の苦を不知、故に善悪を知まじ、善悪を不知は何事もあしかるべしとて、其一年中六十六部の聖とつれて、奥州出羽関東其外所々を修行し給ふ、是れ輝虎公十三の御年也、翌年十四歳にて姉むことの合戦有之輝虎公人数二千ばかり、敵の人数四千余誠に勢の多少一倍せりといへども、城郭へおしよせ、輝虎强て下知をくはへ、合戦勝利を得給ふ、是れ十四の御年也、
現代語訳
我が父の為景に離れ参らせても、父の恩によって一国を保つ者である。そうであれば、一州を治める者に、成り上がりの侍はそうはあるまい。親に譲られる者は一切の苦を知らない。ゆえに善悪を知るまい。善悪を知らないのでは何事も悪かろう、といって、その一年の間、六十六部の聖と連れ立って、奥州・出羽・関東そのほか所々を修行された。これが輝虎公十三の御年である。翌年十四歳で姉婿との合戦があり、輝虎公の人数は二千ばかり、敵の人数は四千余、まことに勢いの多少は倍していたけれども、城郭へ押し寄せ、輝虎が強く下知を加えて、合戦の勝利を得られた。これが十四の御年である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『正法眼蔵随聞記』巻四示して云く、善悪と云ふこと定め難し、世間の人は綾羅錦繡をきたるをよしと云ふ、麁布糞掃衣をわるしと云ふ、仏法には此れをよしとし、清しとし、金銀錦綾をわるしとし、けがれたりとす、かくの如く、一切のことにわたりて皆然り、予が如きも、聊か韻声をとゝのへ、文字をかきすぐるゝを、俗人等は尋常ならぬことに云もあり、亦有人は出家学道の身としてかくの如きのこと知れるとそしる人もあり、いづれをか定めて善として取り、悪としてすつへきぞ、
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『正法眼蔵随聞記』巻四文に云く、ほめて白品の中にあるを善と云ふ、そしりて黒品の中におくを悪と云ふと、亦云く、苦を受くべきを悪と云ふ、楽をまねくべきを善と云ふと、かくの如く子細に分別して、真実の善を見て行し、真実の悪を見てすつべきなり、僧は清浄の中より来れるものなれば、人の欲を起すまじきものを以てよしとし、きよきとするなり、示して云く、
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『正法眼蔵随聞記』巻二夜話に云く、学道の人は人情を棄べきなり、人情をすつると云は、仏法に随がひ行くなり、世人多く小乗根性にて、善悪をわきまへ、是非を分ちて、是をとり非をすつるは、みな是れ小乗根性なり、只先つ世情をすてゝ仏道に入るべし、仏道に入るには、我こゝろに善悪を分ちて、よしと思ひ、悪しゝと思ふことをすてゝ、我が身よからん我が意なにとあらんと思ふ心をわすれて、善くもあれ、悪くもあれ、仏祖の言語行履に随がひゆくなり、
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『正法眼蔵随聞記』巻二吾が心に善しと思ひ、亦世人のよしと思ふこと、必らずしも善からず、然あれば人めもわすれ、吾が意をもすてゝ、仏教に随がひゆくなり、身もくるしく、心も愁ふるとも、我が身心をば一向にすてたるものなればと思ふて、苦るしくうれへつべきことなりとも、仏祖先徳の行履ならばなすべきなり、此の事はよきこと仏道にかなひたらめと思ふて、なしたく行じたくとも、もし仏祖の行履に無からん事はなすべからす、
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葉隠・聞書第二悪事の引合いは貪瞋痴(とんじんち)、吉事の引合いは智仁勇(ちじんゆう)に洩れず、よく撰(え)り分けたるものなり。世上の悪事出来たる時、引合いて見るに、貪瞋痴と、吉事を引合いて見るに、智仁勇に洩れずとなり。
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『正法眼蔵随聞記』巻五一日雑談の次でに示じて云く、人の心本より善悪なし、善悪は縁に随て起る、喩へば人発心して山林に入る時は、林下はよし人間は悪しとおほゆ、亦退屈の心にて山林を出る時は、山林は悪しとおぼゆ、是れ即ち決定して心に定相なし、縁に随て兎も角もなるなり、かるが故に善縁にあへば心よくなり、悪縁に近づけば心悪くなるなり、我が心本より悪しと思ふことなかれ、只善縁に随ふへきなり、