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甲陽軍鑑 / 品第六

かやうに辱を知り給ふたけき大將にてましませばこそ、其後氏康公二十四歳の時河越の夜軍、敵は兩管領人數八萬計り、氏康人數八千にて氏康討ち勝ち給ふ、是に付て種々の謀あり、此合戰と信長義元の合戰と近代まれ成る戰ひ也一武田信玄晴信公十三歳の御時駿州義元の御前は信玄の姉子にておはします、

新字:かやうに辱を知り給ふたけき大将にてましませばこそ、其後氏康公二十四歳の時河越の夜軍、敵は両管領人数八万計り、氏康人数八千にて氏康討ち勝ち給ふ、是に付て種々の謀あり、此合戦と信長義元の合戦と近代まれ成る戦ひ也一武田信玄晴信公十三歳の御時駿州義元の御前は信玄の姉子にておはします、

書き下し

かやうに辱を知り給ふたけき大将にてましませばこそ、其後氏康公二十四歳の時河越の夜軍、敵は両管領人数八万計り、氏康人数八千にて氏康討ち勝ち給ふ、是に付て種々の謀あり、此合戦と信長義元の合戦と近代まれ成る戦ひ也一武田信玄晴信公十三歳の御時駿州義元の御前は信玄の姉子にておはします、

現代語訳

このように恥を知られる猛き大将であられたからこそ、その後、氏康公二十四歳の時の河越の夜軍では、敵は両管領の人数八万ばかり、氏康の人数は八千で、氏康が討ち勝たれた。これについては種々の謀がある。この合戦と、信長と義元の合戦とは、近ごろまれな戦いである。一、武田信玄晴信公十三歳の御時、駿州義元の御前は信玄の姉御であられる。

解説

十二歳で恥に泣いた話の続きに、二十四歳の河越夜戦を置く。恥を知る心と十倍の敵に勝つ働きを一続きのものとして書き、桶狭間と並べて近代まれな戦と評する。少年の一場面から後年の合戦へ橋を架けるのが、この品の書き方である。少年の一場面から後年の合戦へ橋を架けるのが、この品の書き方である。恥を知る心を、十倍の敵に勝つ力の出どころとして置いている。

この章句が説くこと

氏康河越寡兵夜討

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