甲陽軍鑑 / 品第六
諏訪はつしやうの御甲ばかりゆるしまいらせらると也。一北條氏康十二歳の時其比は鐵炮珍らしきとて、諸侍悉く打習時氏康鐵炮の音に驚き給ふ、諸人目をひきわらひ申す、氏康口惜しく思召し小刀をもつて自害をせんとし給ふ時、各々其小刀を取り奉れば淚をながし給ふ、御もりの清水が申やうは、たけき武士が物に驚くことむかしより申傳たり、其謂れは馬もかんのよきは、ねずなきにかゝり、人に賞翫せらる、物に驚くをばはめた事に致すといひたれば、其時しづまり給ふ、是氏康公十二の御歳也、
新字:諏訪はつしやうの御甲ばかりゆるしまいらせらると也。一北条氏康十二歳の時其比は鉄炮珍らしきとて、諸侍悉く打習時氏康鉄炮の音に驚き給ふ、諸人目をひきわらひ申す、氏康口惜しく思召し小刀をもつて自害をせんとし給ふ時、各々其小刀を取り奉れば涙をながし給ふ、御もりの清水が申やうは、たけき武士が物に驚くことむかしより申伝たり、其謂れは馬もかんのよきは、ねずなきにかゝり、人に賞翫せらる、物に驚くをばはめた事に致すといひたれば、其時しづまり給ふ、是氏康公十二の御歳也、
書き下し
諏訪はつしやうの御甲ばかりゆるしまいらせらると也。一北条氏康十二歳の時其比は鉄炮珍らしきとて、諸侍悉く打習時氏康鉄炮の音に驚き給ふ、諸人目をひきわらひ申す、氏康口惜しく思召し小刀をもつて自害をせんとし給ふ時、各々其小刀を取り奉れば涙をながし給ふ、御もりの清水が申やうは、たけき武士が物に驚くことむかしより申伝たり、其謂れは馬もかんのよきは、ねずなきにかゝり、人に賞翫せらる、物に驚くをばはめた事に致すといひたれば、其時しづまり給ふ、是氏康公十二の御歳也、
現代語訳
諏訪法性の御兜だけは許して差し上げられたという。一、北条氏康が十二歳の時、その頃は鉄炮が珍しいというので諸侍がことごとく打ち習っていたが、氏康は鉄炮の音に驚かれた。人々は目を引いて笑った。氏康は口惜しく思われ、小刀をもって自害しようとなさった時、めいめいがその小刀を取り上げ奉ると、涙を流された。守役の清水が申すには、猛き武士が物に驚くという事は昔から言い伝えている。そのいわれは、馬も感のよいものは鼠鳴きにすぐ反応して人に賞翫される。物に驚くのは、かえって褒めた事にするのだ、と言ったので、その時は静まられた。これが氏康公十二の御歳である。
解説

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論語・憲問篇憲、恥を問う。子曰わく、邦に道あれば穀し、邦に道無くして穀するは、恥なり。
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『驢鞍橋』卷中又此の恥は、浮世の人知らされば、苦しからずとは云はんや。夢幻なる人間の中の恥をだに愚に思ふは更になし。況や未来永劫の恥に於てをや。此の理をしらさるを、理を知る人と云はんや、義ある人となさんや。さりとては兼て思ひ知り給ふへし。理ある人間ならは、是れを恐るへし。義ある人ならは、勇猛堅固の心釼を以て、生死の敵を截断して、大平に住すへしと云ふはさまざまの異生となり、悪道に輪廻し、世々生々耻を曝さん事、口惜き事に非すや。是れを永劫の苦みと云ふ也。是れをかへりみすと云ふこと有らんや。なに人の知るぞ知らぬぞと云ふ間ならんや。さりとては兼てよふ思ひ知り、勇猛心を以て生死を修し離れて、大安楽に住せよと云ふ事也。是れまてはいさめの分式也。末はおつとつて心の用ゐ様也。
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『講孟余話』離婁上 第七章此の章、公孫丑上篇第七章と同一の手段、同一の議論にして、均しく恥の一字を以て人を激励す。恥の一字は孟子喫緊の語なり。故に云ふ「人は以て恥無かるべからず」、又云ふ「恥の人に於ける大なり」(並びに盡心上篇に見ゆ)。然れども恥を知らぬ人に至りては、孟子の説も亦窮すべし。斉の景公の涕出でて呉に女すを見て、一時の権道、保国の良図と思ふの族は、人間に羞恥と云ふことあるを夢にも知らず。斯の人をして路に当たらしめば、国体を失ひ国事を誤ること、豈に限りあらんや。然れども恥は人心必有の物なれば、木石に非ざるよりは恥なきことを得ず。其の恥なきと云ふ者は、真に恥なきに非ず。恥づと雖も是れを処することなき故に、強ひて恥ぢざるの容をなすのみ。其の中心益々自ら恥づるなり。是れに因りて孟子又是れを処するの法を掲示し、遂に五年・七年等の効験を挙げて是れを歓動す。是に於て誰か敢へて羞恥を棄てて効験に趨かざらんや。況んや文王を師とするは甚だ容易なることにて、即ち上章反求在身の説に過ぎず。其の政に発する者は民を養ひ且つ教ふるに過ぎず。其の兵に発する者は民を弔ひ罪を伐つに過ぎず。已に羞恥の甚しきを知り、又効験の易きを知る。誰か敢へて其の図を改めざらんや。如何ぞ今人頑然として移らざる。時に復た孟子あることなし。吾将た誰をか尤めん。悲しいかな。
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言志四録・言志晩録 第二百四十条 恥を知れば則ち恥無し人は恥無かるべからず。又悔無かるべからず。悔を知れば則ち悔無く、恥を知れば則ち恥無し。
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『正法眼蔵随聞記』巻六示して云く、人を愧づべくんば明眼の人を愧づべし、予在宋の時天童の浄和尚、侍者に請するにいはく、元子は外国人たりといへども、器量人なりと云ふて請す、予堅く此を辞す、其故は和国に聞へん為にも、学道の稽古の為にも、大切なれども、衆中に具眼の人ありて、外国人として大叢林の侍者たらんこと、大国に人なきに似たりと難ずることやあらん、最もはぢつべしと思ひて、書状を以て此旨をのべしかば、浄和尚聞て、国を重んじ、人を愧づることを感じ、許して更に請し玉はざりしなり、
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『慎思録』巻之二人の世に在るや、恥づべき者五つ。寒餓の士、溝壑に転死する者は、与り存せず。人の子為る者、不孝にして父母に順はざる、一の恥づべきなり。人の臣為る者、其の位に居りて素餐し、且つ節に死せざる、二の恥づべきなり。民の父母為りて、其の民を養ふこと能はざる、三の恥づべきなり。学びて道を知ること能はざる、四の恥づべきなり。知りて行ふこと能はざる、五の恥づべきなり。