甲陽軍鑑 / 品第四十八
そも暫く物に心を付てみよ、世間に舞や謠と云ふも、人間の善惡をたゞして意見にかきて置たるを、それ〳〵に道々の名人が節をつけ、樣子をまなぶを、今謠能などゝ申て人がおもしろがるなり、さて人に面白がらせて、遊山のやうに取成しても、一切の人間に智惠をつけんがためぞかし、さて當麻の謠ひに、中將姫の念佛三昧の所へ、阿彌陀佛の影向せらるゝなどゝ作り置も、出家に惡名をいひかけて、疑ふまじき事に不審をたて、慈悲結緣の心を破らすまじきとの儀也、
新字:そも暫く物に心を付てみよ、世間に舞や謡と云ふも、人間の善悪をたゞして意見にかきて置たるを、それ〳〵に道々の名人が節をつけ、様子をまなぶを、今謡能などゝ申て人がおもしろがるなり、さて人に面白がらせて、遊山のやうに取成しても、一切の人間に智恵をつけんがためぞかし、さて当麻の謡ひに、中将姫の念仏三昧の所へ、阿弥陀仏の影向せらるゝなどゝ作り置も、出家に悪名をいひかけて、疑ふまじき事に不審をたて、慈悲結縁の心を破らすまじきとの儀也、
書き下し
そも暫く物に心を付てみよ、世間に舞や謡と云ふも、人間の善悪をたゞして意見にかきて置たるを、それ〳〵に道々の名人が節をつけ、様子をまなぶを、今謡能などゝ申て人がおもしろがるなり、さて人に面白がらせて、遊山のやうに取成しても、一切の人間に智恵をつけんがためぞかし、さて当麻の謡ひに、中将姫の念仏三昧の所へ、阿弥陀仏の影向せらるゝなどゝ作り置も、出家に悪名をいひかけて、疑ふまじき事に不審をたて、慈悲結縁の心を破らすまじきとの儀也、
現代語訳
そもそも、しばらく物に心を付けてみよ。世間に舞や謡と言うも、人間の善悪を糺して意見に書いて置きたるを、それぞれに道々の名人が節を付け、様子をまなぶを、今、謡・能などと申して人が面白がるなり。さて人に面白がらせて遊山のように取り成しても、一切の人間に智恵をつけんがためぞかし。さて当麻の謡いに、中将姫の念仏三昧の所へ阿弥陀仏が影向せらるるなどと作り置くも、出家に悪名を言いかけて、疑うまじき事に不審を立て、慈悲結縁の心を破らすまじきとの儀なり。
解説
この章句が説くこと
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