甲陽軍鑑 / 品第四十七
心中のよごれたるは何にてもすゝぎ申べく候哉、武士たる者は大小によらずばかずにも、さのみ取あはず、心中の味を本にいたし候がたけき武士ぞかし、心中の味を能たしなみて、塲數ある者をさしておほへの者とよび、名人と是を云ふ、
新字:心中のよごれたるは何にてもすゝぎ申べく候哉、武士たる者は大小によらずばかずにも、さのみ取あはず、心中の味を本にいたし候がたけき武士ぞかし、心中の味を能たしなみて、塲数ある者をさしておほへの者とよび、名人と是を云ふ、
書き下し
心中のよごれたるは何にてもすゝぎ申べく候哉、武士たる者は大小によらずばかずにも、さのみ取あはず、心中の味を本にいたし候がたけき武士ぞかし、心中の味を能たしなみて、塲数ある者をさしておほへの者とよび、名人と是を云ふ、
現代語訳
心中の汚れたるは、何にてもすすぎ申すべく候や。武士たる者は大小によらず、はかずにもさのみ取り合わず、心中の味を本にいたし候が猛き武士ぞかし。心中の味をよく嗜みて、場数ある者を指して覚えの者と呼び、名人とこれを言う。
解説
心が汚れたら何で洗えるのか、と問う。武士は大小の勘定に取り合わず、心の味を本にする者だという。その心を嗜んだうえで場数を踏んだ者だけが、覚えの者と呼ばれ名人と言われる。その心を嗜んだうえで場数を踏んだ者だけが、覚えの者と呼ばれ名人と言われる。心が汚れたら何で洗えるのか、という問いが最後に残されている。
この章句が説くこと
心中汚れ場数覚え名人武士
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