甲陽軍鑑 / 品第四十七
ほめもそしりもせぬ人も、定めて親兄弟を人に殺されても口惜く思ふまじ、口惜く思はねば敵は取るまじ、敵をとらねば武士道はすたりたり、武士道をすてたれば、あたまをはられて堪忍仕るべし、あたまをはられて堪忍致す者が、何とて主の役に立つべき、
書き下し
ほめもそしりもせぬ人も、定めて親兄弟を人に殺されても口惜く思ふまじ、口惜く思はねば敵は取るまじ、敵をとらねば武士道はすたりたり、武士道をすてたれば、あたまをはられて堪忍仕るべし、あたまをはられて堪忍致す者が、何とて主の役に立つべき、
現代語訳
褒めも謗りもせぬ人も、定めて親兄弟を人に殺されても口惜しく思うまじ。口惜しく思わねば敵は取るまじ。敵を取らねば武士道は廃りたり。武士道を捨てたれば、頭を張られて堪忍仕るべし。頭を張られて堪忍いたす者が、何とて主の役に立つべき。
解説
褒めも謗りもしない者を、いちばん危ういものとして最後に置く。何も思わない、だから動かない、だから武士道が廃れ、殴られても我慢する、そんな者が役に立つかと畳みかけている。褒めも謗りもしない者を、いちばん危ういものとして最後に置く。何も思わないから動かず、動かないから武士道が廃れる。無関心を、悪意より重く見るという判定になっている。
この章句が説くこと
無関心口惜しさ武士道堪忍役見分け
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