甲陽軍鑑 / 品第四十
然らば人の口論とはりあひには、坊主も座頭も、雜人も侍も力次第·口次第、或は贔負次第に勝負はあり、成敗いづれも甲乙なき物にて、後はぶつきるより外の儀はなし、其上坊主·座頭は負てもくるしからず男は雜言の上にて少し義理のちがひてもはぢなれば、
新字:然らば人の口論とはりあひには、坊主も座頭も、雑人も侍も力次第·口次第、或は贔負次第に勝負はあり、成敗いづれも甲乙なき物にて、後はぶつきるより外の儀はなし、其上坊主·座頭は負てもくるしからず男は雑言の上にて少し義理のちがひてもはぢなれば、
書き下し
然らば人の口論とはりあひには、坊主も座頭も、雑人も侍も力次第·口次第、或は贔負次第に勝負はあり、成敗いづれも甲乙なき物にて、後はぶつきるより外の儀はなし、其上坊主·座頭は負てもくるしからず男は雑言の上にて少し義理のちがひてもはぢなれば、
現代語訳
しからば人の口論と張り合いには、坊主も座頭も、雑人も侍も、力次第・口次第、あるいは意地次第に勝負はあり、成敗はいずれも甲乙がないもので、後はぶった斬るよりほかの儀はない。そのうえ坊主・座頭は負けても苦しくない。男は雑言のうえで少し義理が違っても恥であるから、ここをもって斬るに極まるのは武士の業と申し定めるのである。
解説
口論の場では身分が消えて力と口と意地だけになる、という観察。そこで問題になるのは、負けても構わない相手と、負ければ恥になる相手が同じ土俵に立ってしまうことである。失うものの大きさが違う相手とは、勝っても損しかない。失うものの大きさが違う相手とは、勝っても損しかない。口論の場では身分が消えて、力と口と意地だけが残るという観察がその根拠になっている。
この章句が説くこと
口論身分恥勝負坊主座頭
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