甲陽軍鑑 / 品第四十
何の家にも出頭いたす物なうてはかなはざるに、其頭をいたして大將に物よく申侍の親類どもまで出頭ぶりを仕り、諸侍に慮外をするならば、諸人迷惑ながら機嫌をとり、出頭人親類共を用ひあがめ立るに付ては、出頭人に又出頭人がいでき、又其機に入たる者をたのみ、小身なるとさま者は何とよき事を奉公しても大將の耳にいらず、
新字:何の家にも出頭いたす物なうてはかなはざるに、其頭をいたして大将に物よく申侍の親類どもまで出頭ぶりを仕り、諸侍に慮外をするならば、諸人迷惑ながら機嫌をとり、出頭人親類共を用ひあがめ立るに付ては、出頭人に又出頭人がいでき、又其機に入たる者をたのみ、小身なるとさま者は何とよき事を奉公しても大将の耳にいらず、
書き下し
何の家にも出頭いたす物なうてはかなはざるに、其頭をいたして大将に物よく申侍の親類どもまで出頭ぶりを仕り、諸侍に慮外をするならば、諸人迷惑ながら機嫌をとり、出頭人親類共を用ひあがめ立るに付ては、出頭人に又出頭人がいでき、又其機に入たる者をたのみ、小身なるとさま者は何とよき事を奉公しても大将の耳にいらず、
現代語訳
どの家にも出頭いたす者がなくては叶わないのに、その頭をいたして大将に物をよく申す侍の親類どもまで出頭ぶりをいたし、諸侍に慮外をするならば、諸人は迷惑ながら機嫌を取り、出頭人の親類どもを用い崇め立てるにつけては、出頭人にまた出頭人ができ、またその機に入った者を頼み、小身なる外様者は、どのようによい事を奉公しても大将の耳に入らず。
解説
側近が必要なこと自体は認めている。問題はその親類までが権を振るい、周りが仕方なく機嫌を取り、側近の中にまた側近ができることである。層が重なった分だけ、下から上への道が塞がっていく。層が重なった分だけ、下から上への道が塞がっていく。側近が必要なこと自体は認めたうえで、その周囲に生まれる構造を問題にしている。
この章句が説くこと
出頭人取次機嫌小身外様情報
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『墨子』尚同中故に古者、聖王は唯だ壹に尚同を以て正長と為す。是れ上下、請謁して通を為す。上に隠事遺利有れば、下、得て之を利し、下に蓄怨積害有れば、上、得て之を除く。是を以て數千萬里の外に善を為す者有れば、其の室人未だ徧く知らず、鄉里未だ徧く聞かざるに、天子、得て之を賞す。數千萬里の外に不善を為す者有れば、其の室人未だ徧く知らず、郷里未だ徧く聞かざるに、天子、得て之を罰す。是を以て天下の人を舉げて皆な恐懼振動惕慄して、敢えて淫暴を為さず、曰く、「天子の視聴や神なり」と。先王の言に曰く、「神に非ざるなり。夫れ唯だ能く人の耳目をして己が視聴を助けしめ、人の吻をして己が言談を助けしめ、人の心をして己が思慮を助けしめ、人の股肱をして己が動作を助けしむればなり」と。之を視聴するを助くる者衆ければ、則ち其の聞見する所の者は逺し。之を言談するを助くる者衆ければ、則ち其の徳音の撫循する所の者は博し。之を思慮するを助くる者衆ければ、則ち其の謀慮は速やかに得らる。之を動作するを助くる者衆ければ、則ち其の事を舉ぐること速やかに成る。
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