甲陽軍鑑 / 品第四十
其中に小脇差をば、ちと拔かぬるほどにつめてさし給へ、いそがはしき所にて、我しらずおつれば、よき人にはひだちをうつ、惡き人をば議る其故如此、扨又奉公人の行義嗜過て喧嘩ずきは、刀·脇差をつぶみにて指と同事、人あひよき無心懸になるは、はも付ずしてさして、なまぎれにて捨らるゝ心なりと高坂彈正長篠合戰の前四月、甲州東郡惠林寺にて土屋右衛門に語りゝる也一或る時、
新字:其中に小脇差をば、ちと抜かぬるほどにつめてさし給へ、いそがはしき所にて、我しらずおつれば、よき人にはひだちをうつ、悪き人をば議る其故如此、扨又奉公人の行義嗜過て喧嘩ずきは、刀·脇差をつぶみにて指と同事、人あひよき無心懸になるは、はも付ずしてさして、なまぎれにて捨らるゝ心なりと高坂弾正長篠合戦の前四月、甲州東郡恵林寺にて土屋右衛門に語りゝる也一或る時、
書き下し
其中に小脇差をば、ちと抜かぬるほどにつめてさし給へ、いそがはしき所にて、我しらずおつれば、よき人にはひだちをうつ、悪き人をば議る其故如此、扨又奉公人の行義嗜過て喧嘩ずきは、刀·脇差をつぶみにて指と同事、人あひよき無心懸になるは、はも付ずしてさして、なまぎれにて捨らるゝ心なりと高坂弾正長篠合戦の前四月、甲州東郡恵林寺にて土屋右衛門に語りゝる也一或る時、
現代語訳
その中に、小脇指をば、ちと抜きかぬるほどに詰めて差し給え。忙しい所にて、我知らず落つれば、よい人には引き立ちを打つ、悪い人をば議る、その故はこのとおりである。さてまた、奉公人の行儀が嗜み過ぎて喧嘩好きなのは、刀・脇指をつぶみのままで差すのと同じ事。人合いがよくて無心懸けになるのは、刃も付けずして差して、生ぬるくて捨てられる心であると、高坂弾正が長篠合戦の前の四月、甲州東郡の恵林寺にて土屋右衛門に語るのである。
解説
小脇指だけは、すぐには抜けないくらい詰めて差せという。とっさの場で手が出ないための一手である。そのうえで、嗜み過ぎは抜き身と同じ、人当たりのよさばかりは刃なしと同じだと、初めの問いに答えを返して閉じている。とっさの場で手が出ないための一手として、小脇指だけは詰めて差せという。初めの問いに、嗜み過ぎと人当たりの両方で答えを返している。
この章句が説くこと
小脇指自制喧嘩刃高坂土屋
関連する章句
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『甲陽軍鑑』品第四十一或る時土屋右衛門尉が高坂弾正に問ひていはく、奉公人の武道たしなめと申せば喧嘩数寄になる、いかにも人よくせよと申せば武士道無心懸になる、此間は何としめして家風をよく仕らん、願は高坂弾正殿分別をきかんといへば、高坂いはく、別の事なし奉公人の行義·作法面々が腰にさすかたな·脇ざしのごとくに仕れと仕置なされよ、
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『甲陽軍鑑』品第四十子細は刀·脇指よくとぎて、其上によくはをつけてさすは、人きらんと申事なれども、常はさやをせねばさゝれ申さず候、人をきる物とて、つぶみにてさゝば、さす人もあやまちを致し、かたな·わきさしもくさりて用にたゝず、打くつして、くぎにうちて後はすたらん、
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『甲陽軍鑑』品第四十七是身際論ともいはれぬ事、子細は手を手と取あふ程にての勝負也、又手と手を取あふても喧嘩とは申されず候、みぎはへ互による程にて脇指心なき故也、わきざし心なきは一向のわらはべなどのいさかひといふ物也、抑々男が四十·五十にあまり赤口関左衛門·寺川四郎右衛門などゝ官途·受領まで仕る侍が、いさかひなどあるは他国の批判もいかゞ、きはめては信玄が家の瑕になる事なりとて、
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『甲陽軍鑑』品第四十七さるに付て典厩信繁·原美濃守·山本勘介此事始め終り言上也、信玄公きこしめし、寺川·赤口関何れもとしこばい、宿老にて男子道いまだ若きなりと見ゆる侍が、侍にいであふて伐つく事有べきに、さはなくして暫くおし付て罷有は、人にとりさへられたきとある事に相似たり、又押付らるゝ侍も武士が胸へ手をかけられかこると、一度にはや脇ざしをぬきつく所にてはなきか、
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『甲陽軍鑑』品第四十一或る時会根内匠高坂弾正に問ふ、よき大将の批判無行義なる事有て、悪しき大将の行義よき事有は是何としたる事ぞ、願くは高坂殿ひはんをし給へと曽根がいへば、高坂いはく、それを縦へば侍の急の用にて家を出る時、刀·脇指をさし、扇·鼻紙をば忘れ罷出る儀有といへ共、刀·脇差は忘れす候、其如くよき大将は不行義にても主の名をうる事、或は徳ある義には少も悪しき事なし、
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『甲陽軍鑑』品第四十あやまちすまじきとて、ぬけぬ様に鞘へをしこみ、よくとぎたてたるとて、おしみてはもつけず候はば、なまぎれにて又すたらん、所詮よくとぎて能くはをつけて、よくさやをして、よくぬけるやうに、あまりはやうになくなされ、差てこそ本の事なれ、