甲陽軍鑑 / 品第四十
さるほどに內藤衆·隼人衆小幡上總宿をとりまく、上總は主被官共に三騎にて參れば、何樣になさるゝともいとやすき事なるに、信玄公小幡が此御返事を聞し召し、尤も申し分聞へてあり、其意地にてこそ武田信玄が先手を申付ても、さのみたがう事なし、其方は近年上杉則政みだりなる家の作法かと、うたがひ候て如此なれども、此上は大義理のたゞしき道にめんじてゆるすとあり、
新字:さるほどに内藤衆·隼人衆小幡上総宿をとりまく、上総は主被官共に三騎にて参れば、何様になさるゝともいとやすき事なるに、信玄公小幡が此御返事を聞し召し、尤も申し分聞へてあり、其意地にてこそ武田信玄が先手を申付ても、さのみたがう事なし、其方は近年上杉則政みだりなる家の作法かと、うたがひ候て如此なれども、此上は大義理のたゞしき道にめんじてゆるすとあり、
書き下し
さるほどに内藤衆·隼人衆小幡上総宿をとりまく、上総は主被官共に三騎にて参れば、何様になさるゝともいとやすき事なるに、信玄公小幡が此御返事を聞し召し、尤も申し分聞へてあり、其意地にてこそ武田信玄が先手を申付ても、さのみたがう事なし、其方は近年上杉則政みだりなる家の作法かと、うたがひ候て如此なれども、此上は大義理のたゞしき道にめんじてゆるすとあり、
現代語訳
さるほどに、内藤衆・隼人衆が小幡上総の宿を取り巻く。上総は主従の被官ともに三騎で参ったので、どのようになさるとしてもいとやすい事であるのに、信玄公は小幡のこの御返事を聞こし召し、もっとも申し分が聞こえてある。その意地であってこそ、武田信玄が先手を申し付けても、さほど違う事はない。その方は近年、上杉則政のみだりな家の作法かと疑い候ってこのとおりであるけれども、この上は大義理の正しき道にめんじて許すとある。
解説
三騎で来た相手を宿ごと取り巻いており、どうにでもできる場面である。そこで信玄は返事を聞いて、その意地があるからこそ先手を任せられると言い、命令のほうを引っ込める。疑って試したのだと明かしたうえで許している。疑って試したのだと明かしたうえで許している。三騎を取り巻いておきながら、その意地があるからこそ先手を任せられると言い替えた。
この章句が説くこと
信玄許す意地先手大義理試す
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