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甲陽軍鑑 / 品第四十

中に馬塲美濃申さるこは、家康身の上を我等見及びたる儀あり、美濃が命を今廿年いきて此考へあたるか、ためしたく候、廿年いくれば八十に今少し也、かねのくさりでつなぎてもならぬ事をねがうたりと云ふて笑はるゝ、高坂彈正申すは家康身上をば何と馬塲殿は考へ給ふぞととへば、美濃申さるゝ、さすがの彈正殿我等よりはやくかんがへ有るべき物をといへば、小山田彌三郎手をあはせて、御兩所の考へをねがはくはきかんと、しきりに所望する、高坂申すは、美濃殿のを承りたさに我等下座から申さんとて彈正則ちいふ、

新字:中に馬塲美濃申さるこは、家康身の上を我等見及びたる儀あり、美濃が命を今廿年いきて此考へあたるか、ためしたく候、廿年いくれば八十に今少し也、かねのくさりでつなぎてもならぬ事をねがうたりと云ふて笑はるゝ、高坂弾正申すは家康身上をば何と馬塲殿は考へ給ふぞととへば、美濃申さるゝ、さすがの弾正殿我等よりはやくかんがへ有るべき物をといへば、小山田弥三郎手をあはせて、御両所の考へをねがはくはきかんと、しきりに所望する、高坂申すは、美濃殿のを承りたさに我等下座から申さんとて弾正則ちいふ、

書き下し

中に馬塲美濃申さるこは、家康身の上を我等見及びたる儀あり、美濃が命を今廿年いきて此考へあたるか、ためしたく候、廿年いくれば八十に今少し也、かねのくさりでつなぎてもならぬ事をねがうたりと云ふて笑はるゝ、高坂弾正申すは家康身上をば何と馬塲殿は考へ給ふぞととへば、美濃申さるゝ、さすがの弾正殿我等よりはやくかんがへ有るべき物をといへば、小山田弥三郎手をあはせて、御両所の考へをねがはくはきかんと、しきりに所望する、高坂申すは、美濃殿のを承りたさに我等下座から申さんとて弾正則ちいふ、

現代語訳

中でも馬場美濃が申されるには、家康の身の上を我らが見及んだ儀がある。美濃が命を今から二十年生きて、この考えが当たるか試したく候。二十年生きれば八十に今少しである。金の鎖でつないでもならない事を願ったと言って笑われる。高坂弾正が申すには、家康の身上をどのように馬場殿は考えられるかと問えば、美濃が申される、さすがの弾正殿は我らより早く考えがおありであろうものをと言えば、小山田弥三郎が手を合わせて、御両所の考えを願わくは聞きたいと、しきりに所望する。高坂が申すには、美濃殿のを承りたさに我らが下座から申そうと言って、弾正がすぐに言う。

解説

自分の見立てが当たるかどうか、二十年生きて確かめたいと言う。六十の者が八十まで生きたいという願いを、金の鎖でつないでも叶わないと自分で笑う。見通しを述べる前の、この一言が話の重みを作っている。見通しを述べる前の、この一言が話の重みを作っている。二十年生きて確かめたいという願いを、自分で笑って打ち消しているからである。

この章句が説くこと

馬場見通し寿命家康高坂検証

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