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甲陽軍鑑 / 品第四十

一或時長遠寺所へ振舞に、馬塲美濃守·内藤修理正·高坂彈正·山縣三郞兵衛·原隼人佐·小山田彌三郞其外各大身衆寄りあふて一日の雜談有り、右の內山縣三郞兵衞駿河江尻の城代なる故、遠州濱松の家康うはさをよく聞て申さるゝ、內藤殿には關東安房·佐竹·會津までの事をかたり給へ、小山田殿は小田原近所なれば北條家の事を語り給へ、高坂殿·馬塲美濃殿は越後·越中迄の儀をかたりなされよとありて山縣申さるこ、

新字:一或時長遠寺所へ振舞に、馬塲美濃守·内藤修理正·高坂弾正·山県三郎兵衛·原隼人佐·小山田弥三郎其外各大身衆寄りあふて一日の雑談有り、右の内山県三郎兵衛駿河江尻の城代なる故、遠州浜松の家康うはさをよく聞て申さるゝ、内藤殿には関東安房·佐竹·会津までの事をかたり給へ、小山田殿は小田原近所なれば北条家の事を語り給へ、高坂殿·馬塲美濃殿は越後·越中迄の儀をかたりなされよとありて山県申さるこ、

書き下し

一或時長遠寺所へ振舞に、馬塲美濃守·内藤修理正·高坂弾正·山県三郎兵衛·原隼人佐·小山田弥三郎其外各大身衆寄りあふて一日の雑談有り、右の内山県三郎兵衛駿河江尻の城代なる故、遠州浜松の家康うはさをよく聞て申さるゝ、内藤殿には関東安房·佐竹·会津までの事をかたり給へ、小山田殿は小田原近所なれば北条家の事を語り給へ、高坂殿·馬塲美濃殿は越後·越中迄の儀をかたりなされよとありて山県申さるこ、

現代語訳

ある時、長遠寺の所へ振舞いに、馬場美濃守・内藤修理正・高坂弾正・山県三郎兵衛・原隼人佐・小山田弥三郎、そのほかそれぞれ大身衆が寄り合って一日の雑談があった。右のうち山県三郎兵衛は駿河江尻の城代であるゆえに、遠州浜松の家康の噂をよく聞いて申される。内藤殿には関東の安房・佐竹・会津までの事を語られよ。小山田殿は小田原の近所であるから北条家の事を語られよ。高坂殿・馬場殿は越後・越中までの儀を語りなされよとあって、山県が申される。

解説

十人ほどの大身が寄って一日雑談する。その場で、それぞれの持ち場に応じて担当を割り振るところが面白い。江尻の城代は家康、小田原の近くの者は北条、北の者は越後越中。日ごろ接している相手のことを持ち寄る仕組みになっている。日ごろ接している相手のことを持ち寄る仕組みになっている。担当を割り振ることで、雑談がそのまま情報を集める場に変わっている。

この章句が説くこと

雑談分担情報城代山県内藤

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