甲陽軍鑑 / 品第十二
武具·馬具·弓·鎗·諸道具とも悉くきらびやかに拵へ給へども、皆町人百姓に借物の利鐵或は諸侍の過怠錢などにてし給ひ、もし又堂宮など建立あれどもぢひ結緣の心ざしましまさねば、人みせの善根成るにより、人民を惱ます温氣、寒天風雨の嫌いもなく打擲してふしんを申し付くるにより、天道佛神は正直慈悲の頭にやどり給へば、左樣の惡善根をにくみ給ひ、其堂宮成就せず、十に二ツ出來しても、地震·火事·大風·大水などにやがて損すべし、
新字:武具·馬具·弓·鎗·諸道具とも悉くきらびやかに拵へ給へども、皆町人百姓に借物の利鉄或は諸侍の過怠銭などにてし給ひ、もし又堂宮など建立あれどもぢひ結縁の心ざしましまさねば、人みせの善根成るにより、人民を悩ます温気、寒天風雨の嫌いもなく打擲してふしんを申し付くるにより、天道仏神は正直慈悲の頭にやどり給へば、左様の悪善根をにくみ給ひ、其堂宮成就せず、十に二ツ出来しても、地震·火事·大風·大水などにやがて損すべし、
書き下し
武具·馬具·弓·鎗·諸道具とも悉くきらびやかに拵へ給へども、皆町人百姓に借物の利鉄或は諸侍の過怠銭などにてし給ひ、もし又堂宮など建立あれどもぢひ結縁の心ざしましまさねば、人みせの善根成るにより、人民を悩ます温気、寒天風雨の嫌いもなく打擲してふしんを申し付くるにより、天道仏神は正直慈悲の頭にやどり給へば、左様の悪善根をにくみ給ひ、其堂宮成就せず、十に二ツ出来しても、地震·火事·大風·大水などにやがて損すべし、
現代語訳
武具・馬具・弓・槍・諸道具ともことごとくきらびやかに拵えられるけれども、みな町人や百姓への借り物の利銭、あるいは諸侍の過怠銭などで作られる。もしまた堂や宮などを建立しても、慈悲や結縁の志がおありでないので、人に見せるための善根である。人民を悩ませ、暑い時も、寒天や風雨の嫌いもなく打擲して普請を申し付けるので、天道や仏神は正直と慈悲の頭に宿り給うのだから、そのような悪い善根を憎み給い、その堂宮は成就しない。十のうち二つできても、地震・火事・大風・大水などですぐに損なわれるであろう。
解説
この章句が説くこと
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『甲陽軍鑑』品第六能人の埋るゝも世のならひ、悪き者うゆるもならひ、善悪をまぜあはするは皆是天道なりと心得べし一丹波国赤井と云男、七歳にて人を伐、赤井悪右衛門と名をよばれ、五畿内におひて己が人数五百千はかりにて敵五千六千をも数度戦て悪右衛門かたずといふことなし一四国阿波の三善修理太夫殿は、
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孔子家語・大婚解公曰く、「君子何ぞ天道を貴ぶや。」孔子曰く、「其の已まざるを貴ぶなり。日月東西相従いて已まざるが如きなり。是れ天道なり。閉じずして能く久しき、是れ天道なり。無為にして物成る、是れ天道なり。已に成りて之を明らかにする、是れ天道なり。」公曰く、「寡人且つ愚冥なり、幸いに子の心を煩わさん。」孔子蹴然として席を避けて対えて曰く、「仁人は物に過ぎず、孝子は親に過ぎず。是の故に仁人の親に事うるや天に事うるが如く、天に事うるや親に事うるが如し。此を孝子の身を成すと謂う。」公曰く、「寡人既に此くの如き言を聞く、後の罪を如何せんこと無きか。」孔子対えて曰く、「君子此の言に及ぶは、是れ臣の福なり。」
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史記 伯夷列伝或いは曰く、「天道は親無く、常に善人に与す」と。伯夷・叔斉の若きは、善人と謂ふ可き者か、非ざるか。仁を積み行ひを潔くすること此くの如くして餓死す。且つ七十子の徒、仲尼独り顔淵をのみ薦めて学を好むと為すも、然るに回や、屢々空しく、糟糠にだも厭かずして、卒に蚤夭す。天の善人に報施するは、其れ何如ぞや。盗跖は日々不辜を殺し、人の肉を肝し、暴戻恣睢にして、党を聚むること数千人、天下に横行するも、竟に寿を以て終はる。是れ何の徳に遵ふや。此れ其の尤も大いに彰明較著なる者なり。近世に至るが若きは、操行軌ならず、専ら忌諱を犯し、而も身を終ふるまで逸楽し、富厚にて世を累ぬるも絶えず。或いは地を択びて之を蹈み、時ありて然る後に言を出だし、行ひは径に由らず、公正に非ずんば憤りを発せず、而るに禍災に遇ふ者は、勝げて数ふ可からざるなり。余、甚だ惑ふ。儻くは所謂天道は、是か非か。
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孔子家語・六本孔子斉に在り、外館に舎る。景公造く。賓主の辞既に接するや、左右白して曰わく、「周の使い適に至り、先王の廟災すと言う。」景公覆た災は何れの王の廟なるかを問う。孔子曰わく、「此れ必ず厘王の廟ならん。」公曰わく、「何を以て之れを知るや。」孔子曰わく、「詩に云う、『皇皇たる上天、其の命忒わず。天の善を以てするや、必ず其の徳に報ゆ。』禍も亦た之れの如し。夫れ厘王は文武の制を変じ、玄黄華麗の飾りを作り、宮室崇峻に、輿馬奢侈にして、振るう可からず。故に天殃宜しく其の廟に加うべし、是を以て之れを占なうに然りと為す。」公曰わく、「天何ぞ其の身を殃せずして、其の廟に罰を加うるや。」孔子曰わく、「蓋し文武を以ての故なり。若し其の身を殃せば、則ち文武の嗣、乃ち殄びんとするに無からんや。故に当に其の廟を殃すべく、以て其の過ちを彰らかにす。」俄頃にして、左右報じて曰わく、「災する所は、厘王の廟なり。」景公驚き起ちて、再拝して曰わく、「善いかな、聖人の智、人に過ぐること遠し。」
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説苑・說叢天與えて取らざれば、反って其の咎を受く。時至りて迎えざれば、反って其の殃を受く。天地親しむ無く、常に善人に與す。天道常有り、堯の為に存せず、桀の為に亡びず。善を積むの家には、必ず餘慶有り。惡を積むの家には、必ず餘殃有り。一噎の故に、穀を絕ちて食らわず。一蹶の故に、足を卻けて行かず。心天地の如き者は明らかに、行い繩墨の如き者は章らかなり。位高くして道大なる者は從い、事大にして道小なる者は凶なり。言疑わしき者は犯す無く、行い疑わしき者は從う無し。蠹蝝は柱梁を仆し、蚊虻は牛羊を走らす。
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呂氏春秋・圜道①天道は圜、地道は方なり。聖王、之に法り、上下を立つる所以なり。何を以て天道の圜なるを説くや。精氣一上一下し、圜周復雜して、稽留する所無し。故に天道は圜なりと曰う。何を以て地道の方なるを説くや。萬物類を殊にし形を殊にして、皆分職有り、相為すを能わず。故に地道は方なりと曰う。主は圜を執り、臣は方に處る。方圜易わらざれば、其の國は乃ち昌ゆ。