甲陽軍鑑 / 品第三十九
果報に年をよらする物は、身をかざり·ゑやうにふけり·おごり是三ヶ條也、初め申候信玄が信長·家康果報の過るをまつべき物をといひつるは、勝賴に心をつけと云ふ事也、其ととはりは信玄に信長は十三の年おとりなり、家康は二十一をとる、謙信は九ツ、氏政は十七おとりなれば、あなたが信玄すへをまちうけたり、又勝賴は謙信に十六、信長に十二、氏政に八ツ、家康に四ツ、いづれも年ましの者共にまけぬ樣に仕り、
新字:果報に年をよらする物は、身をかざり·ゑやうにふけり·おごり是三ヶ条也、初め申候信玄が信長·家康果報の過るをまつべき物をといひつるは、勝頼に心をつけと云ふ事也、其ととはりは信玄に信長は十三の年おとりなり、家康は二十一をとる、謙信は九ツ、氏政は十七おとりなれば、あなたが信玄すへをまちうけたり、又勝頼は謙信に十六、信長に十二、氏政に八ツ、家康に四ツ、いづれも年ましの者共にまけぬ様に仕り、
書き下し
果報に年をよらする物は、身をかざり·ゑやうにふけり·おごり是三ヶ条也、初め申候信玄が信長·家康果報の過るをまつべき物をといひつるは、勝頼に心をつけと云ふ事也、其ととはりは信玄に信長は十三の年おとりなり、家康は二十一をとる、謙信は九ツ、氏政は十七おとりなれば、あなたが信玄すへをまちうけたり、又勝頼は謙信に十六、信長に十二、氏政に八ツ、家康に四ツ、いづれも年ましの者共にまけぬ様に仕り、
現代語訳
果報に年を寄らせるものは、身を飾ること、栄耀にふけること、驕ること、この三か条である。初めに申した、信玄が信長・家康の果報の過ぎるのを待つべきであったと言ったのは、勝頼に心をつけよということである。その道理はこうだ。信玄より信長は十三歳の年下である。家康は二十一歳下、謙信は九歳下、氏政は十七歳下であるから、あちらが信玄の末を待ち受けていた。また勝頼は謙信より十六歳、信長より十二歳、氏政より八歳、家康より四歳下であるから、いずれも年上の者どもに負けぬようにせよ。
解説

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