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孔子家語 / 七十二弟子解

漆雕開,蔡人,字子若,少孔子十一歲。習《尚書》,不樂仕。孔子曰:「子之齒可以仕矣,時將過。」子若報其書曰:「吾斯之未能信。」孔子悅焉。

新字:漆雕開,蔡人,字子若,少孔子十一歲。習《尚書》,不楽仕。孔子曰:「子之齒可以仕矣,時将過。」子若報其書曰:「吾斯之未能信。」孔子悅焉。

書き下し

漆雕開は、蔡の人、字は子若、孔子より少きこと十一歲。尚書を習い、仕うるを樂しまず。孔子曰く、「子の齒以て仕うべし、時將に過ぎんとす」と。子若其の書に報じて曰く、「吾斯れ未だ信ずる能わず」と。孔子悅べり。

現代語訳

漆雕開は蔡の人で、字は子若といい、孔子より11歳年下であった。『尚書』を学び、仕官を楽しまなかった。孔子が『お前の年齢ならもう仕官してよい頃だ、時機を逃してしまうぞ』と言うと、子若は返答して『私はまだそのことに自信が持てません』と述べた。孔子はこれを喜んだ。

解説

この一文は、孔子から仕官を勧められた漆雕開が、まだ自信が持てないとして辞退し、孔子がその謙虚で誠実な姿勢をむしろ喜んだという逸話を伝えています。この逸話は『論語』公冶長篇にも『子、漆雕開をして仕えしむ。對えて曰く、吾斯れ未だ之を信ずる能わず、と。子說ぶ』とほぼ同じ形で見え、広く知られています。年齢的に仕官の機会が巡ってきても、自らの学問と修養が十分でないと自覚すれば安易に応じない、という漆雕開の態度は、地位や機会を焦って求めるのではなく、自己の内実を第一に置く姿勢を表しています。孔子がこれを叱るのではなく喜んだのは、そうした慎重さと誠実さこそ為政者に求められる資質だと考えたためでしょう。現代においても、昇進や役職の機会が来た時に、自分の実力を冷静に見極める謙虚さは重要な教訓となります。

この章句が説くこと

漆雕開論語公冶長篇仕官謙虚自己省察

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