孔子家語 / 七十二弟子解
原憲,宋人,字子思,少孔子三十六歲。清凈守節,貧而樂道,孔子為魯司寇,原憲嘗為孔子宰。孔子卒後,原憲退隱,居於衛。
新字:原憲,宋人,字子思,少孔子三十六歳。清凈守節,貧而楽道,孔子為魯司寇,原憲嘗為孔子宰。孔子卒後,原憲退隠,居於衛。
書き下し
原憲は、宋の人、字は子思、孔子より少きこと三十六歲。清凈にして節を守り、貧しくして道を樂しむ。孔子魯の司寇と爲るや、原憲嘗て孔子の宰と爲る。孔子卒するの後、原憲退隱し、衛に居る。
現代語訳
原憲は宋の国の人で、字は子思という。孔子より三十六歳年少であった。清らかに節義を守り、貧しい暮らしの中でも道を楽しんだ。孔子が魯の司寇(司法長官)であったとき、原憲はかつてその家の宰(家老・執事)を務めた。孔子が亡くなった後、原憲は世を退いて隠れ住み、衛の国に居を構えた。
解説
原憲、字を子思という弟子は、清貧の中で道を楽しんだ人物として知られ、「安貧楽道」を体現した代表格とされています。孔子が魯の司寇であった時期にはその家の宰を務めるなど、実務にも関わったことが伝えられていますが、孔子の没後は名声や地位を求めず、静かに隠遁生活に入りました。史記の仲尼弟子列伝には、後年子貢が立派な身なりで原憲を訪ねた際、質素な暮らしを恥じることなく道を学び行うことの大切さを説いたという逸話も伝わっています。地位や富ではなく、自らの信じる道を貫くことに価値を置いた原憲の生き方は、外的な成功だけを尺度にしない生き方のあり方を、現代の私たちに問いかけています。
この章句が説くこと
原憲子思安貧楽道隠遁孔子
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史記 仲尼弟子列伝原憲、字は子思。子思、恥を問ふ。孔子曰く、「国道有れば穀す。国道無くして穀するは、恥なり」と。孔子卒し、原憲遂に亡げて草沢の中に在り。子貢、衛に相たり、駟を結び騎を連ね、藜藿を排して窮閻に入り、過ぎりて原憲を謝す。憲、敝れたる衣冠を摂へて子貢に見ゆ。子貢之を恥ぢて曰く、「夫子豈に病めるか」と。原憲曰く、「吾之を聞く、財無き者は之を貧と謂ひ、道を学びて行ふ能はざる者は之を病と謂ふ、と。憲の若きは、貧なり、病に非ざるなり」と。子貢慚ぢ、懌ばずして去り、身を終ふるまで其の言の過ぎたるを恥づ。
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孔子家語・七十二弟子解燕級は、字は子思。
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荘子・譲王原憲(げんけん)魯に居る。環堵(かんと)の室、茨(ふ)くに生草を以てし、蓬戸(ほうこ)完(まった)からず。桑を以て枢(とぼそ)と為し、甕(かめ)を牖(まど)とす。二室、褐(かつ)を以て塞(ふさ)ぎと為す。上は漏り下は湿る。匡坐(きょうざ)して弦(げん)す。子貢大馬に乗り、中は紺にして表は素なり。軒車(けんしゃ)巷(こうじ)に容れられず。往きて原憲に見ゆ。原憲は華冠(かかん)縰履(しり)し、藜(あかざ)を杖つきて門に応ず。子貢曰く、「嘻(ああ)、先生は何ぞ病めるか」と。原憲之に応えて曰く、「憲之を聞く、『財無きを之れ貧と謂い、学びて行う能わざるを之れ病と謂う』と。今、憲は、貧なり。病に非ざるなり」と。子貢逡巡(しゅんじゅん)して愧色(きしょく)有り。原憲笑いて曰く、「夫れ世に希(こ)いて行い、比周(ひしゅう)して友とし、学びて以て人の為にし、教えて以て己が為にし、仁義の慝(とく)、輿馬(よば)の飾り、憲は忍びて為さざるなり」と。