孔子家語 / 本命解
孔子曰:「禮之所以象五行也,其義四時也,故喪禮有舉焉,有恩有義,有節有權。其恩厚者其服重,故為父母斬衰三年,以恩制者也;門內之治恩掩義,門外之治義掩恩,資於事父以事君而敬同,尊尊貴貴,義之大也,故為君亦服衰三年,以義制者也;三日而食,三月而沐,期而練,毀不滅性,不以死傷生,喪不過三年,齊衰不補,墳墓不修,除服之日,鼓素琴,示民有終也,凡此以節制者也。資於事父以事母而愛同,天無二日,國無二君,家無二尊,以治之,故父在為母齊衰期者,見無二尊也;百官備,百物具,不言而事行者,扶而起,言而後事行者,杖而起,身自執事行者,面垢而已,此以權制者也。親始死三日不怠,三月不懈,期悲號,三年憂哀之殺也,聖人因殺以制節也。」
新字:孔子曰:「礼之所以象五行也,其義四時也,故喪礼有舉焉,有恩有義,有節有権。其恩厚者其服重,故為父母斬衰三年,以恩制者也;門内之治恩掩義,門外之治義掩恩,資於事父以事君而敬同,尊尊貴貴,義之大也,故為君亦服衰三年,以義制者也;三日而食,三月而沐,期而練,毀不滅性,不以死傷生,喪不過三年,斉衰不補,墳墓不修,除服之日,鼓素琴,示民有終也,凡此以節制者也。資於事父以事母而愛同,天無二日,国無二君,家無二尊,以治之,故父在為母斉衰期者,見無二尊也;百官備,百物具,不言而事行者,扶而起,言而後事行者,杖而起,身自執事行者,面垢而已,此以権制者也。親始死三日不怠,三月不懈,期悲号,三年憂哀之殺也,聖人因殺以制節也。」
書き下し
孔子曰わく、「礼の五行に象る所以は、その義四時なり。故に喪礼に挙ぐる有り、恩有り義有り、節有り権有り。その恩厚き者はその服重し、故に父母の為に斬衰三年するは、恩を以て制する者なり。門内の治めは恩義を掩い、門外の治めは義恩を掩う。父に事うるに資りて以て君に事えて敬同じ、尊を尊び貴を貴ぶ、義の大なるものなり、故に君の為にも亦た衰を服すること三年、義を以て制する者なり。三日にして食し、三月にして沐し、期にして練し、毀して性を滅せず、死を以て生を傷つけず、喪は三年を過ぎず、斉衰は補わず、墳墓は修めず、服を除くの日、素琴を鼓し、民に終わり有るを示すなり、凡そ此れ節を以て制する者なり。父に事うるに資りて以て母に事えて愛同じ。天に二日無く、国に二君無く、家に二尊無し、以てこれを治む。故に父在せば母の為に斉衰期するは、二尊無きを見すなり。百官備わり、百物具わり、言わずして事行わるる者は扶けられて起ち、言いて後に事行わるる者は杖つきて起ち、身自ら事を執り行う者は面垢るるのみ、此れ権を以て制する者なり。親の始めて死するや、三日怠らず、三月懈らず、期にして悲号し、三年にして憂哀殺ぐるは、聖人殺に因りて節を制すればなり。」
現代語訳
孔子は言った。「礼が五行を象るゆえんは、その意味するところが四季にあるからです。だから喪礼には取り上げるべき要素があり、恩があり、義があり、節度があり、臨機の権があります。恩愛の厚い者ほどその喪服は重くなります。だから父母のために斬衰(最も重い喪服)を三年間着るのは、恩愛によって定められたものです。家の内側の秩序は恩愛が義理を覆い、家の外側の秩序は義理が恩愛を覆います。父に仕えるのと同じように君に仕えて敬意を等しくし、尊ぶべき者を尊び貴ぶべき者を貴ぶのは、義の大なるものです。だから君主のためにも同じく喪服を三年間着るのは、義によって定められたものです。三日経って食事を取り、三月経って沐浴をし、一年経って練り絹の喪服に替え、身をやつしても命を損なわず、死者のために生者を傷つけず、喪は三年を超えず、斉衰(次に重い喪服)は繕わず、墓は手入れをせず、喪服を脱ぐ日には素琴をかき鳴らして、民に終わりがあることを示します。これらはみな節度によって定められたものです。父に仕えるのと同じように母に仕えて愛情を等しくします。しかし天に太陽が二つないように、国に君主が二人いないように、家にも至尊の者は二人いません。それによって秩序を保つのです。だから父が存命中は母のために斉衰を一年間だけ着るのは、家に至尊が二人いないことを示すためです。役人が備わり、必要な物が揃っていて、何も言わなくても事が運ぶ場合には、支えられて起き上がるだけでよく、言ってから事が運ぶ場合には、杖をついて起き上がり、自ら手を下して物事を行わなければならない場合には、顔が垢だらけになるほど働くしかありません。これらは臨機の権によって定められたものです。親が亡くなった直後の三日間は怠らず、三月の間は気を緩めず、一年経てば悲しみ泣き、三年経てば悲哀の情も次第に薄れていきます。これは聖人が、時とともに薄れていく人情に応じて、喪の節度を定めたからなのです。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・修文子生まれて三年、然る後父母の懷を免る、故に喪を制すること三年は、父母の恩に報ゆる所以なり。期年の喪は諸侯に通じ、三年の喪は天子に通ず、禮の經なり。子夏三年の喪畢りて、孔子に見ゆ、孔子之に琴を與え、之をして絃かしむ、琴を援りて絃く、衎衎として樂作る、而して曰く、「先生禮を制するに敢えて及ばずんばあらず。」と。孔子曰く、「君子なり。」と。閔子騫三年の喪畢りて、孔子に見ゆ、孔子之に琴を與え、之をして絃かしむ、琴を援りて絃く、切切として悲作る、而して曰く、「先生禮を制するに敢えて過ぎず。」と。孔子曰く、「君子なり。」と。子貢問いて曰く、「閔子は哀盡きざるに、子君子なりと曰い、子夏は哀已に盡くるに、子君子なりと曰う。賜や惑う、敢えて問う何の謂ぞ?」孔子曰く、「閔子は哀未だ盡きざるも、能く之を斷ずるに禮を以てす、故に君子なりと曰う。子夏は哀已に盡くるも、能く引きて之を致す、故に君子なりと曰う。夫れ三年の喪は、固より優れる者の屈する所、劣れる者の勉むる所なり。」と。
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『孝経』喪親章第十八子曰く、「孝子の親を喪するや、哭して偯かず、礼に容無く、言に文無く、美を服て安からず、楽を聞きて楽しからず、旨きを食らいて甘からず。これ哀戚の情なり。三日にして食らうは、民に死を以て生を傷なうこと無からしむるを教うるなり。毀ちて性を滅ぼさず、これ聖人の政なり。喪は三年に過ぎず、民に終わり有ることを示すなり。これが棺槨・衣衾を為りてこれを挙げ、その簠簋を陳ねてこれを哀戚し、擗踴哭泣して哀しみて以てこれを送り、その宅兆を卜してこれを安措し、これが宗廟を為りて、鬼を以てこれを享け、春秋に祭祀して、時を以てこれを思う。生けるときは愛敬を以て事え、死しては哀戚を以て事う。生民の本尽きたり。死生の義備われり。孝子の親に事うること終われり」。
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荀子・礼論篇故に三年を以て隆と為し、緦麻・小功を以て殺と為し、期・九月を以て間と為す。上は象を天に取り、下は象を地に取り、中は則を人に取る。人の群居和一する所以の理、尽くせり。故に三年の喪は、人道の至文なる者なり。夫れ是れを至隆と謂ふ。是れ百王の同じき所なり、古今の一なる所なり。
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荀子・礼論篇喪礼なる者は、生者を以て死者を飾るなり。大いに其の生に象りて以て其の死を送るなり。故に死に事ふること生に事ふるが如く、亡に事ふること存するに事ふるが如し。終始一なり。始めて卒するや、沐浴・鬠体・飯唅は、生に象りて執るなり。沐せざれば則ち櫛を濡らして三律して止み、浴せざれば則ち巾を濡らして三式して止む。耳を充たして瑱を設け、飯するに生稲を以てし、唅ますに槁骨を以てするは、生の術に反するなり。褻衣を設け、襲すること三称、縉紳して鉤帯無し。掩面儇目を設け、鬠して冠笄せず。其の名を書して、其の重に置けば、則ち名見えずして柩独り明らかなり。薦器は、則ち冠に鍪有りて縰無く、罋廡は虚しくして実たず、簟席有りて床笫無く、木器は斲を成さず、陶器は物を成さず、薄器は内を成さず、笙竽は具はれども和せず、琴瑟は張れども均しからず、輿は蔵めて馬は反す。用ひざるを告ぐるなり。生器を具へて以て墓に適くは、徙る道に象るなり。略して尽くさず、貌のみにして功あらず、輿を趨めて之を蔵め、金革轡靷は入れず、用ひざるを明らかにするなり。徙る道に象り、又た用ひざるを明らかにするは、是れ皆な哀を重んずる所以なり。故に生器は文ありて功あらず、明器は貌ありて用ひず。凡そ礼は、生に事ふるは歓を飾るなり、死を送るは哀を飾るなり、祭祀は敬を飾るなり、師旅は威を飾るなり。是れ百王の同じき所、古今の一なる所なり。未だ其の由りて来たる所を知る者有らざるなり。故に壙壟は、其の貌室屋に象るなり。棺槨は、其の貌版蓋斯象拂に象るなり。無帾・絲歶・縷翣は、其の貌以て菲帷幬尉に象るなり。抗折は、其の貌以て槾茨番閼に象るなり。故に喪礼なる者は、他無し、死生の義を明らかにし、送るに哀敬を以てして、終に周く蔵むるなり。故に葬埋は、敬みて其の形を蔵むるなり。祭祀は、敬みて其の神に事ふるなり。其の銘誄繋世は、敬みて其の名を伝ふるなり。生に事ふるは始めを飾るなり、死を送るは終はりを飾るなり。終始具はりて、孝子の事畢はり、聖人の道備はる。死を刻して生に附するを墨と謂ひ、生を刻して死に附するを惑と謂ひ、生を殺して死を送るを賊と謂ふ。大いに其の生に象りて以て其の死を送り、死生終始をして称宜にして善を好まざる莫からしむるは、是れ礼義の法式なり。儒者は是なり。
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孔子家語・曲禮子夏問子夏問う、「三年の喪既に卒哭すれば、金革の事避くる無し、礼か、初め有司之を為すか」と。孔子曰く、「夏后氏の喪は、三年既に殯して、仕を致し、殷人は既に葬りて事を致し、周人は既に卒哭して事を致す。記に曰く、『君子は人の親を奪わず、亦た故を奪わざるなり』と」と。子夏曰く、「金革の事避くる無きは、非か」と。孔子曰く、「吾諸を老聃に聞く、『魯公伯禽為す有りて之を為すなり』と。公三年の喪を以て利に従う者は、吾知らざるなり」と。
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論語・陽貨篇宰我問う、「三年の喪は、期にして已に久し。君子三年礼を為さずんば、礼必ず壊れん。三年楽を為さずんば、楽必ず崩れん。旧穀既に沒き、新穀既に升る。燧を鑽りて火を改む。期にして已む可し。」子曰く、「夫の稲を食らい、夫の錦を衣るは、女に於いて安きか。」曰く、「安し。」「女安くんば、則ち之を為せ。夫れ君子の喪に居るや、旨きを食らいて甘からず、楽を聞きて楽しからず、居処安からず。故に為さざるなり。今女安くんば、則ち之を為せ。」宰我出づ。子曰く、「予の不仁なるや。子生まれて三年、然る後に父母の懐を免る。夫れ三年の喪は、天下の通喪なり。予や、三年の愛を其の父母に有てるか。」