孔子家語 / 六本
孔子曰:「與富貴而下人,何人不尊?以富貴而愛人,何人不親?發言不逆,可謂知言矣;言而眾向之,可謂知時矣。是故:以富而能富人者,欲貧不可得也;以貴而能貴人者,欲賤不可得也;以達而能達人者,欲窮不可得也。」
新字:孔子曰:「与富貴而下人,何人不尊?以富貴而愛人,何人不親?発言不逆,可謂知言矣;言而眾向之,可謂知時矣。是故:以富而能富人者,欲貧不可得也;以貴而能貴人者,欲賤不可得也;以達而能達人者,欲窮不可得也。」
書き下し
孔子曰わく、「富貴にして人に下れば、何人か尊ばざらんや。富貴を以て人を愛せば、何人か親しまざらんや。言を発して逆らわざれば、言を知ると謂う可し。言いて衆之れに向かえば、時を知ると謂う可し。是の故に、富を以て能く人を富ましむる者は、貧しからんと欲するも得可からざるなり。貴を以て能く人を貴くする者は、賤しからんと欲するも得可からざるなり。達を以て能く人を達せしむる者は、窮せんと欲するも得可からざるなり。」
現代語訳
孔子は言った。「富や高い地位にありながら人にへりくだれば、誰がその人を尊ばないだろうか。富や高い地位を持ちながら人を愛せば、誰がその人に親しまないだろうか。発する言葉が人の道理に逆らわなければ、言葉をよく知っていると言える。言葉を発して大勢がそれに従うなら、時機をよく知っていると言える。だから、富があってそれで人を富ませることができる者は、貧しくなろうとしても貧しくなれない。地位があってそれで人を高めることができる者は、卑しくなろうとしても卑しくなれない。栄達していてそれで人を栄達させることができる者は、行き詰まろうとしても行き詰まることがない。」
解説
富や地位、才知といった恵まれた条件を、自分のためだけでなく他者のために用いることの効用を説いた章です。富貴にありながら人にへりくだり、人を愛し、道理にかなった言葉を発して人々の支持を得るなら、その人はますます尊ばれ、親しまれます。そのうえで孔子は、富や地位や栄達を独り占めせず、それを用いて他人をも富ませ、高め、栄達させることができる人物は、結果としてかえって自分自身が貧困や卑賤、行き詰まりに陥ることがないと説きます。恵まれた条件を独占するのではなく他者と分かち合うことこそが、自分自身の立場を長く安定させる道であるという、互恵的な処世の知恵を示す一節です。
この章句が説くこと
富貴謙虚互恵処世孔子
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