孔子家語 / 弟子行
獨居思仁,公言仁義。其於詩也,則一日三覆,白圭之玷。是宮絳之行也。孔子信其能仁,以為異士。
新字:独居思仁,公言仁義。其於詩也,則一日三覆,白圭之玷。是宮絳之行也。孔子信其能仁,以為異士。
書き下し
獨居して仁を思い、公言して仁義す。其の詩に於けるや、則ち一日に三たび白圭の玷を覆す。是れ宮絳の行なり。孔子其の能く仁なるを信じ、以て異士と為す。
現代語訳
一人でいるときも仁を思い、人前で語るときも仁義を口にする。詩経の「白圭の玷(白い玉の傷)」の句を、一日に三度も繰り返し口ずさんで自らを戒める。これが宮絳の人となりである。孔子は彼が仁を実践できる人物であると信じ、並外れた人物だと評価した。
解説
宮絳は、独りでいるときも人前でも仁義を思い続け、詩経の「白圭之玷(白い玉の傷は磨いて消せるが、言葉の失は取り返しがつかない)」の句を日に三度も繰り返し唱えて自らを戒めたと伝えられます。誰も見ていないところでも姿勢を崩さないという態度は「慎独」の精神に通じ、言葉の重みを繰り返し自らに言い聞かせる習慣は、発言に責任を持つ姿勢の基礎となります。孔子はこの弟子を「異士」、すなわち並外れた人物と評価しており、地道な自己戒めの積み重ねが人格の完成につながることを示しています。
この章句が説くこと
宮絳慎独白圭之玷仁義自己戒め