孔子家語 / 儒行解
儒有可親而不可劫,可近而不可迫,可殺而不可辱;其居處不過,其飲食不溽;其過失可征辯,而不可面數也;其剛毅有如此者。儒有忠信以為甲胄,禮義以為幹櫓;戴仁而行,抱德而處;雖有暴政,不更其所;其自立有如此者。
新字:儒有可親而不可劫,可近而不可迫,可殺而不可辱;其居処不過,其飲食不溽;其過失可征弁,而不可面数也;其剛毅有如此者。儒有忠信以為甲胄,礼義以為幹櫓;戴仁而行,抱徳而処;雖有暴政,不更其所;其自立有如此者。
書き下し
儒に親しむべくして劫すべからず、近づくべくして迫るべからず、殺すべくして辱むべからず有り。其の居処過ぎず、其の飲食溽からず、其の過失は征辯すべくして、面と数うべからず。其の剛毅此くの如き者有り。儒に忠信を以て甲冑と為し、礼義を以て幹櫓と為し、仁を戴きて行い、徳を抱きて処る、暴政有りと雖も、其の所を更めず有り。其の自立すること此くの如き者有り。
現代語訳
儒者は、親しむことはできても脅すことはできず、近づくことはできても威圧することはできず、殺すことはできても辱めることはできません。その暮らしぶりは度を過ぎることなく、その飲食もぜいたくに流れることはなく、その過ちについては理を尽くして指摘することはできても、面と向かって数え立てて責めることはできません。その剛毅な様子はこのようなものです。儒者は、忠実さと信義を鎧兜とし、礼と義を盾として、仁を頭上に戴いて行動し、徳を胸に抱いて身を処し、たとえ乱暴な政治が行われていても、自分の立場を変えることがありません。その自立した姿勢はこのようなものです。
解説
「殺すことはできても辱めることはできない」という一句に象徴されるように、儒者は生命への脅威よりも尊厳を汚されることを恐れるという、剛毅の徳が語られます。過ちを指摘するにも理を尽くすべきで、頭ごなしに責め立てるやり方は許されないという点も、相手の尊厳を重んじる姿勢の表れです。続いて、忠信・礼義・仁徳を武具に見立て、乱世にあっても節を曲げない自立の精神が語られます。理不尽な扱いに対しては屈しつつも尊厳だけは守り抜くという姿勢は、現代における職業倫理や人としての一線の保ち方にも通じる普遍的な教えです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
剛毅尊厳忠信礼義自立
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『五常訓』巻之四・礼一礼器云、先王の礼を立つる、本あり、文あり。忠信は礼の本なり。義理は礼の文なり。本無ければ立たず。文なければ行はれず。いふ心は、礼に本あり。忠信を本とす。忠信はまことなり。礼に文あり。義理を文とす。義理とは、外に行ふ処のあらはれたるしわざの、すぢめよきを云ふ。本なければ礼の道立たず。万の事、皆誠より出づ。誠なければ物なし。されど又外のわざ、理にかなはざれば、文無くして、礼の道行はれず。必本末二ながらそなはりて、礼の道全し。されど先本をつとむるを要とすべし。忠信を本として、礼文行はるるは、たとへば味甘き物は、五味の和をうけ、色白きものは、五色の采をうくるが如し。忠信ある人は礼を学ぶべし。質よき故に、外の礼文そなはりやすし。
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『慎思録』巻之二聖人の教へは、忠信を主とするを以て本と為す。所謂之を誠にせんと思ふ者は、人の道なり。居敬を以て忠信を主とするの工夫と為す。苟も忠信を以て主と為さずして、徒に敬を以て一心の主宰と為さば、是れ工夫を以て心の主と為すなり。恐らくは敬に偏りて、流れて束縛強持の病と為らん。甚だしきは色仁を執りて、行ひ違ふ者之有り。夫れ敬は古来聖賢伝授の心法なり。然るに近世の持敬者は、一副当の病と為る。学者須らく居敬の方を知りて、而る後に持敬すべし。
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『弁名』忠信忠信連ね言ふも、亦た人の為に謀り人と言ふ者を以て之を言ふ。「忠信を主とす」の如きも、亦た此を以て主と為すなり。「忠信の人」も、亦た能く此くする人を謂ふなり。「忠信を主とし、義に徙る」と曰ひ、「忠信の人、以て礼を学ぶべし」と曰ふ。礼義は先王の道なり。忠信は中庸の徳なり。高きに登るは必ず卑きよりし、遠きに行くは必ず邇きよりす。故に先王の道を学ぶには、必ず忠信を以て基と為す。易の文言に「忠信は徳を進むる所以なり。辞を脩め其の誠を立つるは、業に居る所以なり」と曰ふが如し。辞を脩むとは詩書を学ぶを謂ふなり。其の誠を立つとは礼楽を学ぶを謂ふなり。詩書は義の府なり。故に「義に徙る」「以て礼を学ぶべし」と、其の意相発す。孔子曰く、「十室の邑、必ず忠信丘が如き者有らん。丘の学を好むに如かざるなり」と。則ち忠信有りと雖も、学ばざれば未だ郷人たるを免れざるなり。祇だ先王の道を学ぶも、中庸の徳に依らざれば、則ち基立たず、遠きに行き高きに登らんと欲するも亦た得べからず。是れ孔門の忠信を貴ぶ所以の意なり。
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