孔子家語 / 好生
孔子曰:「君子三患,未之聞,患不得聞;既得聞之,患弗得學;既得學之,患弗能行。有其德而無其言,君子恥之;有其言而無其行,君子恥之;既得之,而又失之,君子恥之;地有餘民不足,君子恥之;眾寡均而人功倍己焉,君子恥之。」
新字:孔子曰:「君子三患,未之聞,患不得聞;既得聞之,患弗得学;既得学之,患弗能行。有其徳而無其言,君子恥之;有其言而無其行,君子恥之;既得之,而又失之,君子恥之;地有余民不足,君子恥之;衆寡均而人功倍己焉,君子恥之。」
書き下し
孔子曰わく、「君子に三患有り。未だ之を聞かざれば、聞くを得ざるを患う。既に之を聞くを得れば、学ぶを得ざるを患う。既に之を学ぶを得れば、行う能わざるを患う。其の徳有りて其の言無きは、君子之を恥ず。其の言有りて其の行い無きは、君子之を恥ず。既に之を得て、又之を失うは、君子之を恥ず。地余り有りて民足らざるは、君子之を恥ず。衆寡均しくして人の功己に倍するは、君子之を恥ず。」
現代語訳
孔子は言った。「君子には三つの患いがある。まだそれを聞いていない間は、聞くことができないことを憂える。すでにそれを聞くことができたなら、それを学ぶことができないことを憂える。すでにそれを学ぶことができたなら、それを実行できないことを憂える。徳はあってもそれを言葉にして伝えられないことを、君子は恥じる。言葉にはしていても実行が伴わないことを、君子は恥じる。いったん得たものを、また失ってしまうことを、君子は恥じる。土地は十分にあるのに民が足りないことを、君子は恥じる。人数が同じであるのに、他人の功績が自分の倍もあることを、君子は恥じる。」
解説
君子が抱くべき三つの「患い」と、五つの「恥」を列挙した教えです。三患は、学びのプロセス(聞く・学ぶ・行う)の各段階で常に一歩先を憂える姿勢を示しており、聞くことができたら満足するのではなく学べるかを、学べたら満足するのではなく実行できるかを、常に次の課題として自らに課す向上心の表れです。五恥はさらに具体的に、徳と言葉、言葉と行動が一致しないこと、いったん得たものを失うこと、資源や人材を活かしきれないこと、他人に劣ることなどを恥として挙げています。いずれも、知識や地位に安住せず、常に自分を高め続けることを求める内容であり、学びと実践の一貫性、そして継続的な自己研鑽の大切さを説いた言葉です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
君子三患五恥学而時習言行一致向上心
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