孔子家語 / 三恕
子路問於孔子曰:「有人於此,披褐而懷玉,何如?」子曰:「國無道,隱之可也;國有道,則袞冕而執玉。」
新字:子路問於孔子曰:「有人於此,披褐而懐玉,何如?」子曰:「国無道,隠之可也;国有道,則袞冕而執玉。」
書き下し
子路孔子に問いて曰わく、「人此に有り、褐を披て玉を懐く、何如。」子曰わく、「国道無ければ、之を隠すも可なり。国道有れば、則ち袞冕して玉を執る。」
現代語訳
子路が孔子に尋ねた。「ここに一人の人がいて、粗末な着物をまとって美しい玉を懐に隠し持っているとします。これはどうでしょうか。」先生は言った。「国に道が行われていなければ、その才徳を隠しておくのもよい。国に道が行われているなら、正式な礼服を身につけて玉を人前に示せばよい。」
解説
粗末な服の下に美しい玉を隠し持つ人物、すなわち才能や徳を人に見せずに隠している人物のあり方を、子路が孔子に尋ねた短い問答です。孔子はこれを一律に良い悪いと決めつけず、国の状況に応じて使い分けるべきだと答えています。世が乱れて道理が行われていない時には、才能をひけらかさずに身を隠しておくことも賢明な選択であり、逆に世に道理が行われている時には、正装してその才能を堂々と発揮すべきだというのです。才能や徳をいつ表に出し、いつ控えるべきかという判断は、置かれた時勢によって変わるという、状況に応じた処世の知恵を簡潔に示した言葉であり、三恕第九篇の締めくくりにふさわしい、自らを律する姿勢についての教えとなっています。
この章句が説くこと
披褐懐玉出処進退国有道無道処世
関連する章句
-
孔子家語・屈節解子路孔子に問いて曰く、「由聞く、丈夫世に居りて、富貴にして物に益有る能わず、貧賤の地に處りて、節を屈して以て伸を求むる能わざれば、則ち以て人の域を論ずるに足らずと。」孔子曰く、「君子の己を行うや、必ず己に達するを期す。屈すべければ則ち屈し、伸ぶべければ則ち伸ぶ。故に節を屈する者は、待つ有る所以なり。伸を求むる者は、時に及ぶ所以なり。是を以て屈を受くと雖も其の節を毀たず、志達すれども義を犯さず。」
-
論語・子罕篇子貢曰く、「斯に美玉有り。櫝に韞めて諸を蔵せんか。善賈を求めて諸を沽らんか。」子曰く、「之を沽らんかな、之を沽らんかな。我は賈を待つ者なり。」
-
孔子家語・三恕子路盛服して孔子に見ゆ。子曰わく、「由や是れ倨倨たる者は何ぞや。夫れ江は始め岷山より出づるや、其の源以て觴を濫す可し、其の江津に至るに及びては、舟を舫せず風を避けずんば則ち以て渉る可からず、唯だ下流の水多きのみならんや。今爾衣服既に盛んに、顔色充盈す、天下且つ孰か肯えて非を以て汝に告げんや。」子路趨りて出で、服を改めて入る、蓋し自若たり。子曰わく、「由之を誌せ、吾汝に告げん、言に奮う者は華、行いに奮う者は伐、夫れ色智ありて能有る者は、小人なり。故に君子之を知るを智と曰う、言の要なり。能わざるを能わずと曰う、行いの至りなり。言要すれば則ち智、行至れば則ち仁、既に仁にして且つ智なれば、悪くんぞ足らざらんや。」
-
孔子家語・三恕孔子曰わく、「吾に齒とする所有り、鄙とする所有り、殆とする所有り。夫れ幼くして強学する能わず、老いて以て教うる無きは、吾之を恥ず。其の郷を去り君に事えて達し、卒に故人に遇うも、曾て舊言無きは、吾之を鄙とす。小人と処りて賢に親しむ能わざるは、吾之を殆とす。」
-
孔子家語・問玉子貢孔子に問いて曰く、「敢えて問う、君子玉を貴びて珉を賤しむは、何ぞや。玉の寡くして珉の多きが為めか。」孔子曰く、「玉の寡きが為に、故に之を貴ぶに非ず。珉の多きが故に、之を賤しむなり。夫れ昔者君子德を玉に比す。溫潤にして澤あるは、仁なり。縝密にして栗たるは、智なり。廉にして劌わざるは、義なり。之を垂るること墜つるがごときは、禮なり。之を叩けば、其の聲清越にして長く、其の終わりは則ち詘然たり、樂なり。瑕瑜を掩わず、瑜瑕を掩わざるは、忠なり。孚尹旁達するは、信なり。氣白虹のごときは、天なり。精神山川に見わるるは、地なり。圭璋特達するは、德なり。天下貴ばざる莫き者は、道なり。詩に云う、『言に君子を念う、溫として其れ玉のごとし。』故に君子之を貴ぶなり。」
-
論語・泰伯篇子曰く、篤く信じて学を好み、死を守りて道を善くす。危邦には入らず、乱邦には居らず。天下道有れば則ち見れ、道無ければ則ち隠る。邦に道有りて、貧しく且つ賤しきは、恥なり。邦に道無くして、富み且つ貴きは、恥なり。