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孔子家語 / 致思

孔子之楚,而有漁者,而獻魚焉,孔子不受。漁者曰:「天暑市遠,無所鬻也,思慮棄之糞壤,不如獻之君子,故敢以進焉。」於是夫子再拜受之,使弟子掃地將以享祭。門人曰:「彼將棄之,而夫子以祭之。何也?」孔子曰:「吾聞諸惜其腐餘,而欲以務施者,仁人之偶也。惡有受仁人之饋,而無祭者乎?」

新字:孔子之楚,而有漁者,而献魚焉,孔子不受。漁者曰:「天暑市遠,無所鬻也,思慮棄之糞壤,不如献之君子,故敢以進焉。」於是夫子再拝受之,使弟子掃地将以享祭。門人曰:「彼将棄之,而夫子以祭之。何也?」孔子曰:「吾聞諸惜其腐余,而欲以務施者,仁人之偶也。悪有受仁人之饋,而無祭者乎?」

書き下し

孔子楚に之き、漁者有り、魚を献ず、孔子受けず。漁者曰わく、「天暑く市遠く、鬻る所無し、思慮するに之を糞壤に棄てんよりは、君子に之を献ずるに如かず、故に敢えて以て進む。」 是に於て夫子再拝して之を受け、弟子をして地を掃わしめ将に以て享祭せんとす。門人曰わく、「彼将に之を棄てんとせしに、而るに夫子之を以て祭る。何ぞや。」 孔子曰わく、「吾諸を聞く、其の腐餘を惜しみて、以て務めて施さんと欲する者は、仁人の偶なりと。悪くんぞ仁人の饋を受けて、祭ること無き者有らんや。」

現代語訳

孔子が楚の国へ行ったとき、一人の漁師が魚を献上したが、孔子は受け取らなかった。漁師は言った。「今日は暑く、市場も遠いので、この魚を売る当てがありません。どうせ肥やしの中に捨ててしまうくらいなら、君子に差し上げたほうがよいと思い、あえてお持ちしました。」 そこで先生は二度おじぎをしてこれを受け取り、弟子たちに地面を清めさせて、まさにこれを祭ろうとした。門人が言った。「あの漁師は魚を捨てるつもりだったのに、先生はこれをお祭りになるのですか。どうしてですか。」 孔子は言った。「私はこう聞いている。余って腐らせるくらいなら惜しんで人に施そうとする者は、仁の心を持つ者の仲間であると。仁のある人からの贈り物を受けておいて、それを祭らないということがあってよいだろうか。」

解説

漁師が「どうせ捨てるものだから」と差し出した魚を、孔子はあえて受け取り、丁寧に祭って感謝を示した逸話です。門人は漁師の言葉の消極的な動機に引っかかりますが、孔子が見ているのは、余ったものを腐らせて捨てるより人に分け与えようとする心そのものです。動機の完全さを求めて相手の善意を値踏みするのではなく、そこにある施しの心を尊重して丁重に応える孔子の態度は、人からの好意をどう受け止めるかという普遍的な課題への示唆に富んでいます。小さな親切や施しに対しても、その芽を摘まず育てるように応じることの大切さを教えてくれる話です。

この章句が説くこと

漁者仁人施し受け方敬意

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